「詩素」9号

年二回発行の詩誌「詩素」が遂に9号に。ついこの間参加し始めたと思ったら、もう四年以上経ったのだ。この詩誌では、毎回印象に残った詩を述べるアンケートがあるのだが、回答する時点(詩誌発行前)と、受け取って再度読んだ時と感じ方が違う時がある。それだけ自分の気持ちが変化していくということだろう。わたしは「靴」という、玉ねぎが靴に変貌していく詩を書いた。

「詩素」投稿詩募集

わたしが参加している詩誌「詩素」が次号で10号になります。その記念に、40歳以下の詩人を対象に投稿詩を募集します。詳細は以下のリンクから。わたしも選考委員の一人です。たくさんの詩を読めることを、今から楽しみにしています。

詩素10号記念・投稿詩募集

アートギャラリー鑑賞日誌

ケンブリッジにある美術館フィッツウィリアム・ミュージアム(The Fitzwilliam Museum)のギャラリー1での鑑賞記録をスライドショーにしてみた。各作品の画像は映像下のリンクか見られる。

At Table ピエール・ボナール
The Convalescent グウェン・ジョン
Interior with a view over a cemetery エセル・サンズ
Dorothy Barnard ジョン・シンガー・サージェント
After the wedding ローレンス・スティーヴン・ラウリー
Love on the moor スタンリー・スペンサー

ジェイコブ・エプスタインの作品だけ画像が見つからないので、美術館で撮影したこちらを。

First Portrait of Dolores (La Bohemienne) ジェイコブ・エプスタイン(The Fitzwilliam Museumにて)

菊池肇動物詩集 EXPO’20

詩人の菊池肇さんから先月、新詩集『菊池肇動物詩集 EXPO’20』が届く。パリのギャラリー・サテリットで二年に一度開催される、ヴィジュアル・ポエトリー展にも毎回出展されていて、挿画はこちらも同展覧会に出品されている中村シキカツさん。付記には「何らかの生物が何らかのカタチで登場する作品を収録している.」とある。行間の呼吸が心地よく、それでいて引き締まった言葉に刺される。「碧落」という詩がいちばん好きだ。冒頭の四連を引用する(この詩では最後に猫が登場する)。

目の前のドアや窓は
いつでも開けることが出来る
と思っていた

でもそれはずっと昔
気まぐれに描き残しただけの
ただの落書きだったらしい

部屋をかたちづくっている
ぎこちない直線と
あやふやな曲線

そっと滲みて
そのまま干からびていく
青いインク

清水鱗造さんの小説三冊

このうろこシティの運営者である清水鱗造さんから送っていただいた『なめくじキーホルダー』、『夢夢夢夢夢ーん』、『からくり絵本』を読んだ。どの作品も現実には起こりそうもない物語なのでシュールリアリズムと呼んでもいいのかもしれないが、登場人物の置かれる状況や描かれる事物が緻密に具体的なので、リアリズムの感触も強い。

『なめくじキーホルダー』を読んでいて、日本の温泉地のやや悪趣味(?)な観光名所を思い出した。日本を離れて暮らしていると、あれは強烈な個性なのだと感じる。帰国するたびに温泉を訪れてはいるものの、こういう雰囲気の場所はだいぶ少なくなった。『夢夢夢夢夢ーん』は、人と人との関係の間に、動植物が介在しているのが興味深い。「人と人とのつながり」なんてことが簡単に言われるけれど、元からそんなものはなくて、人間以外の生物が常に仲介しているのかもしれないと思った。『からくり絵本』のヘルメットはわたしも被ってみたくなった。表紙の写真がとてもいい。

余談だが、これらの本を読んでいたときに夫が寄ってきて、どんな内容なのか訊ねてきた。説明するのはかなり難しかったのだけど、一部だけかいつまんで説明すると、夫が「カフカみたいなの?」と訊いた。文学に疎い夫がカフカを読んだことがあるとは! そういえばプラハに二人で旅行したとき、カフカの青い家を訪れたのだった。しかし夫がカフカの作品(たぶん『変身』)を読んだのは、それ以前らしい。

ナタリア・ゴンチャロワ(1)

ナタリア・ゴンチャロワ(ナタリア・セルゲーエヴナ・ゴンチャロワ、Наталья Сергеевна Гончарова)(英語表記 Natalia Sergeevna Goncharova)は、1881年ロシア生まれの美術家です。彫刻を学んだ後、モスクワで絵画の勉強をし、作品を発表。パートナーであるミハイル・ラリオーノフと出会い、1919年にパリに移住、1962年の死去までパリで暮らします。

これは1910年の作品、Peasant Woman from Tula Province(トゥーラ地方の女性小作人)です。ゴンチャロワは、モスクワから三百キロほど離れたところにあるトゥーラ地方で育ちました。その土地の女性を描きたかったのでしょう。刺繍が施されているこの服は、ロシア農民の民族衣装なのでしょうか。わたしの目には、この女性が戸惑いを感じているように見えます。どこに目線を向けていいのかわからないような。この衣装も、着こなしているというより着せられているような印象すら受けます。モデルとして画家の前に座るのは、これが初めてだったのかもしれません。と同時に、彼女の体からは頑丈な自信が感じられます。

テート・ギャラリーのNatalia Goncharova Exhibition Guideより。

The Short Story of Falling

英国の詩人Alice Oswald(アリス・オズワルド)の詩の試訳。原文はこちら

落ちてゆくことの短い物語

それは落ちてゆく雨の物語
葉へと変わり ふたたび落ちてゆく雨の

それは夏のにわか雨の秘密
光を盗み 花のなかに隠すにわか雨の

そして 地面から緑色に つかの間に流れる
小さな支流であるすべての花は

水の望みのひとつだ そしてこの物語は
わたしの親指の爪より小さな 種の冠毛に 吊り下がっている

もしも 通行人のわたしが 草の羽毛を
水と同じくらいに澄んで 通り抜けて

昇る雨のしずくのように
種へと変わる先端に隠れた 日の光を見つけることができるなら

わたしは水のように 希望の重みと 忍耐の光の
釣り合いをとる方法を 知ることができるかもしれない

鋳鉄のタンクに潜み 漏れ出る
生のままの 粗野な水は

わたしの舌に向かって 重力で引き寄せられ
この歌のパイプを冷やし 満たす

それは落ちてゆく雨の物語
光へと昇り ふたたび落ちる雨の