深く恋して
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深く恋して



冨澤守治

あれからは長いときが過ぎ
そしていま

そのひとは
静かな面持ちで
言葉があるでもなく、言葉にするでもなく
私に、話してくれる

絶え間なく起きてきた悲しみを記憶に紛らわせたことを
悲しみが起きてはこないように
苦しくても、忘却のひとつ形として

傷つくばかりの時代の波もあった
些細な利害とためらいもあったようだ
歯に浮く言葉ばかりは、暴力的で
闇よりも人を刺す、社会
そこに愛はなく、自由は沈んで行ったと言う

その闇はただ騒がしく、決して暗黙のものではなかったのだ
それは私にとってもそう

思い出せば、その場所に別れがあった
飛び去る光線の岐路があった、別れ!

むかし
深く恋して
好きになったおんな

そのひととは
透き通る言葉で、いつも
語りあった

波が、くだける笑い声と
はかない言葉の打ち返し、それでも意味は深くあり
見つめ合った日々があって

だからいま、唇は振るえ
こうして、ふたりはここにいる

そうだ、口角にあふれる言葉は並木道の建築物のように交代し
時代と登場人物たちも変える
過ちは多く、あふれた言葉は意味を失い
形なく
溶けていった、ただの象形の文字へと、味わいもなく

もちろん動物的な本能だけの恋心もあった
私たち、ふたりの集いには高まりがあった

どれほどか焦がれたのだろうか、涙も流れた
蒼き、蒼白の若き日々
あの悲しみは本物だった、深く恋した
若いころの、あのころの
恋人たち

豊かな官能と、白く長い柔毛(ニコゲ)に覆われた日々よ
歌声と抱擁
私がこの女(ヒト)と交す
恋に過去(アト)も未来(サキ)もあるまい
そうでなければならないことへと恐れ

蘇る記憶は鮮やかに覚える
いまは!


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