水島英己
苦い舌の先が歯茎にさわる
クラリネットの
息が空と夜のしじまを吹くとき
放り投げられた一茎の根っこが
大地との別れをアンダンテで訴える
速さをアレグロと
遅さをプレストと
ことばはどんな哀しみもうたわない
一管のクラリネットが調子をもつためには
きみはたぶんバイオリン、その弦を思い出の堆積にして
引っかくことをしなければならない
私は なぜ とは訊かないで
繰り返すメロディ
苦い舌の先
舌の苦い幸
ああ 夜の時間をこんなに消尽して、音の丘に登る
聴くだけで触れないもの
苦い舌の先は歯茎にさわる
血の臭いが立ち上がる
硝煙のような
臭い
知っているだけの接続詞を言い募る
そして、しかし、また夏がやってくる
そして、しかし、また、だから、あるいは、これもまた口実ではないのか
この音楽の時間を夜のしじまに吊り上げる
そこに見えてくるもの
時間の残骸
横たわって泣く泣き声
57階の処刑台を登る死刑囚
知っているだけの接続詞を言い募る
コトバを覚えたばかりの幼児の姿
いる、いない、いる、いない、いる、いない、
存在と非在はクラリネットのメロデイィに変換され
非在はしかし今見えている君の膝のようにセクシャルにうごめき
夏が来るのは冬が去るからであり、「去る」ことはただ見えないだけで
波打つように単純なリズムの頂でメロディが破壊され、
その粒子が「あらぬ」「非在」を「存在」に換え
君の膝はやがて、大きな泡立つ「非在」に成長し、
陽のあたる在所になり
いる、いない、
強迫に駆られた二人の幼児として遊ぶ夏の正午にいる
Because my bride
Is a pool of the wood, and
なぜなら私の花嫁は森の池だから、そして
「木の葉のなかでひるがえる風だけをほめたたえよ」と私に命じながら
bidding me praise nothing but the wind that flutters in the leaves
すべての時をかけ
すべての空間をわたって
愛したり、憎んだりする、この自我の傷と愚かさを
いつ私は知るのか
the evening of life
人生の雨の夜、しかし淡い光を浴びて
As if in a diary
日記のなかでのように
私は過ぎたとき、むしろ生まれる前のなつかしい
きみの膝の奥に帰る、その膝の「非在」に抱かれるために
あいいー
そして私は
しかし私は
また私は
あるいは私は
だから私は
そしてしかしまたあるいはだからもしくはともに
この時とその穴、この場とその穴
抜け道や蛇の道堕ちてゆく道眺めのいい道去り行く道怒った道を笑う道を探して
歩いてゆくしかない
メロディの頂でリズムが崩壊して
深い息でクラリネットが人間の苦しみを歌うかのように
あるいは哀しむかのように
夜のしじまを吹き上げては消える
そのあとにきみの手があり
その手は
やさしくきみの花嫁を
愛撫する
繰り返せ!幾たびも
舌の苦い先
苦い舌の幸い
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