海埜今日子
くれないをかたったひといきれのなか、
風の夕映えがもとめら
れた。うけいれてはわかたれてゆく、親密さが落ちていたよう
な気がしたので、ふりかえるのをやめてみる。いない羽が長く
なり、くずれた雲がわたるのだった。いそぐ男がいれかわり、
たちかわり。きっかけがつぶさにながめられていた。物売りめ
いたにおいもまた、ひとけのなさからたゆたってくる、とかん
じたのは錯覚でしたか? 衣服のみだれをなおしながら、旅の
目的をなげだす女がいた。百日紅はあがなうようなまなざしで、
夏をとむらっていたんです。忘却にせきたてられ、嗅ぐように
して男を欲した。行方と方角がないまぜになり、接点のように
さそうから。夕暮れとは何時のことをさすのでしょうね。うご
かない日々を日記にちりばめ、地図をひろげる女もいた。あて
先不明のものがたりが、夜からぽっかりとうかびあがり、男た
ちをふるわせる。うしなった重さがのしかかり、ちがうわかれ
をはぐくんでいた。そめたようなまがまがしさ、とある者は顔
をそむけ、べつのある者は旅装をとく。日録はたそがれにおも
むき、逢瀬をゆめ見ていたのかもしれなかった。地平線がここ
からではみえません、だから結末がわかりません、いえ、だれ
もあなたをせめはしないのです。だからどうか、どうか。さん
ざめく日没、肯定していたわけではなかったが。日々の出立、
それが夕景の合図だった。ふりほどく、のではなく、すべると
いうこと。重なることが越境なのだと、秋が彼らをはがしてゆ
く。鋭利さすれすれに、つかのまの胸がしなっていたのがもど
かしい。雲へむけられたはじまりは、いつだって抱擁よりもた
どたどしいから。ひとごみにともるように咲いていたのだと、
案内人としての地図をしまい、息苦しさにたちかえる。男のよ
うにたぐる肌、そまらない息づかいもまた、たぶん。見送るに
おいを風がねがった。おわりの花が燃える地面だ。
(初出: 『coalsack』 55 )
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