倉田良成
詩の秘密統一会派『林(りん)』の忘年会が深川の居酒屋「山利喜」で、暮れも押し詰まった26日の夜陰にまぎれ、ひそかにおこなわれた。メンバーは後藤美和子、駿河昌樹、倉田良成、倉田妻の四人。
まずビールで乾杯のあと、倉田が全員に名物の「モツ煮込み煮卵入り」を食えと厳命を下す。ふつふつと音を立てる煮込みの厚皿が一人一皿あてやって来て、箸を付けると皆驚嘆の表情を浮かべる。駿河はのちにこれをお代わりすることになる。煮卵も付けてということだから、この人は普段からよっぽどカラダに悪いものに飢えているらしい。
次に頼んだコハダの酢〆は、これも倉田のお奨めだが余しては勿体ないので二人前と少々遠慮したら、これをまた後藤がかかえこんで放さない。銘酒「神亀」の大徳利が来て、それをちびちびやりながらますます放さない。彼女は実はビールが苦手で、酢〆が大好き、日本酒が大好きということが判明した。ここのコハダは以前は甘酢だったが、今夜のは恐らくは昆布だしの利いた旨味のある塩味。小憎らしいほどぬる燗の辛口に合う。
焼きとんも名物なのでレバーとハツとカシラを頼んだ。じゅうぶんに新鮮なのに焼き物の串を前に倉田妻がなぜか手を出さない。どうしたのかと思ったら、飲み物もないのに肴は摘めないという。神亀二合大徳利はたちまち消えていた。これはひとり後藤のせいばかりではなく、倉田妻も負けず劣らず間断なくちびちびちびちびやっていたのだ。
また一本を注文して、駿河と倉田が話す。思うに、むかしはそんなに大勢ではなかった詩を書く人間が、倉田も含めどうかすると精神病院のたぐいのお世話になることがままあったけれど、現在は(若い人に多いけれど)そういった病気に悩まされている人間がすがるものとして、以前とは比較にならないくらい広汎な形で詩が書かれ、発表され、特にウェブサイトにあふれているのが見られるのはどうしたわけか。彼らに見られるほとんど絶対的ともいえる寂寥感、孤独感。こういう世界ではまた違った、逆説的な意味で、詩が「実利」に近づいているのか。
さらに一本を注文する。ついでにヒラメ造りと豆腐よう。造りにはエンガワとキモ・卵巣・皮の湯引きが付いている。湯がいただけで味は付けていないはずなのに、ぜんぶが甘い。もう一本追加して、倉田妻の酒がまた消えている。駿河は、まず酒がなくても肴を摘み、しかるのちその純粋なイデーでもって後から来る酒を飲んで味わうのが、究極的な酒と肴の在り方だと屁理屈を言うが、その言に大いに納得してしまうのが倉田妻の変わったところか。もっとも駿河は馬鹿にされていたのかもしれない。
また一本追加。野菜盛り合わせを頼むが、紫タマネギとナチュラルチーズ(結構臭い)を挟んだアンディーブ、若ラッキョウにキュウリという面子が盛られていて、それを八丁味噌の焼き味噌でいただくというもの。この焼き味噌は自体が香ばしくて、後藤はついにこれをまるまる平定した。ちびりちびりやりながら。彼女と駿河は大学の教員だが、年末に策定する授業計画と思しきシュラバスというやつに悩まされているそうだ。じゃあ年末はいつもシュラバですねと倉田が言ったら、駿河は大いに喜んでいたようだが後藤は氷のようなまなざしで倉田を一瞥したきりであった。
閉店時間が来たのでおつもりとなった。『林』の定期朗読会をやろうじゃないか、という話をいつのまにかしつつ外へ出て、寒風つのる清澄通りを渡った。何か演歌でも唸ったらしい。うちでならいいけど、おもてで大声で歌うのは自分の父親みたいだからそれだけはお願いだからやめて、という妻の声で我に返った。駅でみんなと別れて電車に乗って家に帰り、それから一杯やって寝た。
深川の煮込みやさらし葱の色 解酲子
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