屠られるもの 〜「牛の諸世紀」抄〜

まつおかずひろ(hiro)




●祈り(古代エジプト)
 
隔離期間は四〇昼夜
裸の女たちが練り歩いて刺激した
乱舞が終わると
黄金の船倉に入れられて
聖都メンフィスに向かった

アピスという
神の名で呼ばれるその牛は
都の神殿で豪華な寝床とごちそうがあたえられた
隣室にはお相手の雌牛たち
お祭りの日はきらびやかなガウンをまとって
群集の中を行進した

屠殺の儀式は
一年の終わりの日に行われた
聖職者たちによるおごそかな時間
沈黙と咆哮―――
新しい生命と豊穣への祈りが
凝縮された

活力と生殖力を
それぞれの身体に宿すために
肉が食されると
また一年が始まった


●肥育(二〇世紀)


従順が好まれるがゆえに
陰嚢を切り裂かれ
傷つけあわないために
角は焼かれる
それでも子牛には束の間の執行猶予
六ヵ月ばかりは母のそばを走り回る

肥育場は身動きもままならない
筋肉と脂肪をつけるために
薬品が毎日体内に注ぎ込まれる
飼料槽に頭を突っ込んで黙々と食べ続ける
除草剤の混じった混合飼料もある

経費節減のために
ボール紙、新聞紙、おがくずを与える給餌もあった
第一胃から一〇`近いプラスチックを回収して
それを再生してまた使う試みもあった
セメント粉末を与えると体重増加は三〇%加速された

いらだたせると
一日で体重が二〇〇グラム失われる
ハエさえもいらだちの原因になるというので
高圧ノズルで殺虫剤が散布された
規模の大きな畜舎では
農薬散布に使われる軽飛行機が
上空を旋回した

 
●解体(二〇世紀)


五〇〇キロの目標体重にでっぷりと育つと
巨大なトレーラーに乗せられる
ぎゅうぎゅう詰めの荷台は
ジャンピング台になったり滑り台になる
足や骨盤を折れば引き摺りおろされる
死ねば焼却場の死骸の山に放り込まれる

ウシが一列縦隊で並んでいる
前へ 前へ
解体場では銃がお出迎え
崩れ落ちるとひずめにチェーンがかかる
体が引き上げられ 逆さに吊るされ 喉を掻き切られ
血がドッと噴き出して
床はどろりとした海になる
 
ラインのはじめは皮剥ぎ
腹の中央が切り開かれ
機械が一挙に全身の皮を剥く
頭を切り落とされ 舌を切り取られ
肝臓、心臓、腸が除去されると
胴体の解体だ
すでに脂肪をたっぷり吸った電動のこぎりは
背骨に沿って縦に真っ二つに切断する

チャック(肩肉)、リブ(背肉)、 ブリスケット(腹肉)と切り分けられ
ベルトコンベアに投げ込まれていく
最終工程で肉はカットされ
上品に並べられてパックに入れられる
スーパーマーケットの明るい照明が待っている

●消滅


重量一トンの金属歯を持った
三五トンの巨大キャタピラー・トラック
一時間に二・五キロのスピードで
森林を根こそぎ掘り返す
ハイウェーがアマゾンの奥地へ進めばトラックも進む
切り開き 焼き払い 放牧し
見捨てて 移動する
化学肥料を投入するよりもはるかに安あがりだ
ここでは一エーカー がビール二本ぐらいの値段で土地が買える

一九六〇年以降
中央アメリカの森林の四分の一以上が消滅した
土地の所有者はたいていが大地主か多国籍企業である
コスタリカでは二〇年のあいだに
熱帯林の八〇パーセントが消えた
ニカラグアでは放牧地の開拓で
牛肉生産は三倍に
輸出は五・五倍になった

USAの消費者は
輸入肉のおかげで
ハンバーガー一個につき
約五セント節約できるようになった
ただし五平方メートルのジャングルが伐採された

二〇世紀
宇宙飛行士たちは
アマゾン上空にさしかかると
何百もの火がきらめいているのを
見た




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