こぉらッ!

けんじゅう





駅のATMで金を引き出そうとしたら
いきなりおばさんに突き飛ばされた

「ちゃんと並んでくださいッ!」

ちゃんとって?
ぼくは前の人の後ろで並んでいたじゃないか
それこそ 辛抱強く待っていたんだぞ
記帳だか 振り込みだか知らんが
とっくに用が済んだはずなのに
じーっと預金通帳に目を落としたまま
長時間 ATMを占拠し続ける
そんな男の後ろで ぼくはイライラ ジリジリ
待ち続けていたんだ

「床に矢印があるでしょ」

矢印? 何だこれは?
「この矢印にそって一列に並んでお待ち下さい」
と ご丁寧にも説明まで入って
誰が 何の権利でこんな矢印を床に書いたんだ?
JRか? 駅のホームならまだしも駅ビルの
ATMまでJRがお節介するのか
警察か? ATMは一列に並ばなくてはならない
などという法律でも出来たのか
銀行か? そうだ 銀行に決まっている
不良どもに貸し付けた金が回収できないといっては
税金に泣きついた奴らだ
自己責任など とっくに放棄した奴らが
人様にだけは「一列に並べ」だと
そういうものだよ 世の中は
自分に甘い奴ほど 他人には厳しいんだ
ぼくは子供のころからニンジンと風紀委員は
大嫌いだったんだ

それにしても
このおばさんは何で 
このぼくを突き飛ばしてまで割り込んできたんだ?
床の矢印など知らずに前の人に並んでいたのに
ルールを守らなかったのは 
そもそも ぼくの前に並んでいた男ではないか
ぼくはその後ろに並んだ それがなぜ悪い?
「知らないんだからしょうがない」くらいの
度量を期待して なぜ悪い?

しかも このおばさんは
矢印の先頭で ぼくが間違えて並んでいるのを
見て知っていたはずじゃないか
何て 意地悪なおばさんだろう
一言 「並ぶのはこちらですよ」とか
声を掛けてくれてもいいものじゃないか
黒縁の太いフレームのメガネが
いかにも底意地悪そうじゃないか
それに 何だ あの豹柄タイツは!
こんな度ハデなおばさんを見たら
要注意ということだな
一つ 利口になりましたよ 利口に

銀行の勝手なルールと
豹柄タイツおばさんの底意地悪さと
ATM占拠男のせいで
ぼくは七人分も損をしたわけだ
なぜって 五人並んでいた列の最後尾に
しぶしぶ回るはめになったのだからさ
五人並んでいたなら損は五人分じゃないかって?
忘れちゃ困る 横入りのおばさんとATM占拠男
あの二人を足して七人分 ぼくは損をしたんだ

駅ビルで夏物の上下を買い求めたら
少し お金が足りなくなった
それで ぼくはATMに並んだわけなんだ
もう少し 所持金が多ければ
こんな面倒にも 不愉快にも
出会うことはなかったのに
ぼくは 運が悪いんだ
だから なるべく 
外出はしないようにしている
人と会わないようにしている
電話も出ないようにしている
イグアナみたいに じっとしている
これがぼくの人生の極意なのさ
さ ATMでお金を下ろして 夏服を買って
早いところ 家に帰ろ
ぼくは運が悪いんだから……

あぁ〜ッ! おい! あのおじさん!
ATMに横入りしやがって! 
ぼくと同じことするな!
おい! ぼくはちゃんと並んだんだぞ!
矢印に一列に並ばなきゃだめじゃないか!
ずるいぞ! ぼくの後ろに並べ おやじ!
こら! 銀行のルールに従え! 
ぼくの後ろに並べ おやじ こら!
聞こえないのか こら! こら! 

こぉらあああぁぁぁ〜〜〜………! 



うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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