鴇輪(ときわ)

はやかわあやね



桶屋の窓の外には沢山のヤモリが張り付いていた
私はそのヤモリを打ち落とそうと
尖った爪楊枝を沢山千切っては投げ付けてみるのだが
それらのヤモリは
決して窓の外から立ち去ろうとはしなかった

桶屋の外には沢山の桶が並べてあった
その前に火事場泥棒の下駄が一足転がっていた
火事場泥棒と一口に言うが
それは柾目の通った立派な桐の下駄で
少々火事になろうが
踏み砕かれようが
決してまっぷたつに裂けたりはしないのだった

桶屋の娘にお鴇ちゃんという鴎のような子どもがいたのだが
お鴇ちゃんは決して空を飛ぼうとはしなかった

「空がないから」

と言うのがお鴇ちゃんの決まっての返答で
誰もがその即答に業を煮やしていたが
それすらもお鴇ちゃんには関わりのない話であった

お鴇ちゃんは洋梨の唄を知っていた
洋国(それは決して洋梨ではない)へ行き
歪(いびつ)なアコーディオンの音に絆されて
空をうねり歩こうとするのだが
その音は決して空を解放しようとはせず
いつだって灰色に重たく熨斗かかる船を
千石千石と唱えながら
その波飛沫に顔を晒し
潮風の匂いに苛まれるのだった



お籠り太鼓の桟橋が
祭り囃子と相成って
あの海の彼方に見えて来る
お鴇ちゃんの探しているものが果たして見つかったのかどうかは
もう誰も知らないが
今だってヤモリは桶屋の窓の外で
その宮を守るべく
お鴇ちゃんの廻りを浸潤している

だがやっぱりお鴇ちゃんは

「空がないから」

といつもと同じ戯けた返事で
鴉や鴎の違いも分からず
空に向かって嘆いているのだ






うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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