ユー




その通りでは至るところに露店が出ていた。露店の裸電球の光をぼんやり受けて たくさんのおもちゃが物も言わずじっと やはりぼんやり店先に ただ並んでいた。スルメの香ばしい匂いがする。日焼けした浅黒い大きな体をしたハゲ頭の男の 妙に快活な呼び声が怖かった。男は盛んに遊んでいけ、と声を張り上げる


   遊んでおいきよ、お金持ってるんだろう、お金 おもちゃが欲しくないのかい


男の鼻の穴が真っ黒なのが気になった。こんなに白々しい真っ黒な鼻の穴をして、赤いうちわをばたばたさせてる。


   ええっ 遊んでいくんだろ、金出しな、金!


少年は慌てて大事なお財布を押さえ、かわいくねぇ、という怒号を背に駆け出した。諦めてハゲ男は 今度は親が側にいる子供にうってかわった優しい声で赤いうちわをぶらぶらさせた。



少年は人ごみの中をあっちへこっちへぶつかりながら 赤や緑のセロハンを貼られた裸電球の下を踊るように駆け抜けた。親に付き添われない子供に大人は冷たい。ひょろり、ぐわぁって伸びる人影の波が少年の足元を浚う。



いつしか子供は見世物テントの中へ 人ごみと一緒に流れ込んでしまった。テントの中は 薄青白い光が洩れ入っていて、ガランとした舞台の上はただひとつの棺桶が置かれ、中に黒服の男が目を開いてはいるが 死んでいるように横たわっていた。口上を述べる男は、この青白い男は病気で10年間一度も眠ったことがない、眠らない間に眠ったがために見過ごす「秘密」というものを見てしまったのだと大声で、ある快いリズム感で一気にまくしたてた。人々は歪んだ顔をしたり、嘲笑したり信じていないことをアピールした。


けれど 青白い男が次々と観客の財布の中身やら 誕生日やら 名前や住所 考えなどを当てると人々はざわめきはじめた。今度は何処から持ってくるのか 青白い男の口から次々と客が希望する品物が出てくるに至っては、拍手の嵐だった。ついに客が棺桶の中に人を入れて消せ、と要求しても舞台の上の2人の男は動揺することなく 客の中から1人選んで 舞台に立たせ 棺桶の中に押し込んだ。


少年だった



少年は1本の糸を持たされて そっと耳元で青白い男がこう囁くのを聞いた


   いいかい、これを辿っておゆき。それからこれは鋏だよ。
   「向こう」に着いたら これで糸を切るんだよ


人々の歓声がだんだん遠くなっていく。糸だけが道標みちしるべ



気づけばそこは信号がカコーンカコーンと点滅する踏み切りだった。ガタンゴトンと列車が ぼんやり佇んでいる少年のすぐ前を横切ってく。



少年は糸を切らなかった。

   


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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