たたむ、6月、つぐむ

佐倉 潮



 
 
 
 6畳半のたたみの部屋に、彼女は、生活という名の
木立から落ち葉のように降り積もった洗濯物を仕分け
ている。それは1週間分の彼女のシャツ(そして僕の
シャツ)1週間分の彼女のハンカチ(そして僕のハン
カチ)1週間分の彼女のショーツ(そして僕のパンツ)
1週間分の彼女の、 − そこに彼女のブラジャーは
ない。
 
 
「傷むので別洗い」彼女は理由を簡単に(そしてごく
僅かの情熱と、犯されざる権威でもって)僕に通告す
る。僕の「了解した」はきっと、彼女に通じずにいて。
 
 
 *
 
 
 21世紀たいていの洗濯は洗濯機が引き受けてくれ
ることを、愚かな僕は結婚という儀式を通過して初め
て知った。けれどその芸術的なファクトリ・オート
メーション・システムの最後尾に「たたむ」というマ
ニファクチュアが残されているという事実については、
むしろ新しい知識として面白く受け取った。それは洗
濯物をたたむという、2つ以上の腕とともに、2つ以
上の口腔を必要とする謎めいた工程だった。洗濯物を
たたむ彼女の隣りで僕は、彼女と多くの事象に付いて
語り合った。
 
 
 *
 
 
 そして、この6月。少しだけ湿り気を含んだ落ち葉
のような、洗剤の匂いが立ち込めるたたみの部屋で、
再び繰り返し繰り返される会話。洗濯物とともに、積
み重ねてきた、ささやかな歴史について、反対に抜け
落ちてゆく記憶について、だめになったトランジスタ
ラジオと来るべき季節について。言葉は蟲のようにシ
ャツやタオルやシーツの隙間へ潜り込み、消えてゆく。
その間に彼女はひっきりなしにシャツをたたむ。ハン
カチをたたむ。そして僕のパンツをたたむ。そして僕
は彼女と会話する。
 
 
 やがて6畳半に散らばった洗濯物に、整然とした秩
序が付与されていた。そこに湿り気はもはや無かった。
蟲の棲む空間について、彼女と僕の個が発生が、その
可能性を限りなくゼロに近づけていた。そうして彼女
は口をつぐむ。そんな時いつも僕は、いつしか彼女と
永久に別れねばならない気持ちがして、無性に互いの
身体を合わせたくなる。それを口にすることすらでき
ないほど。
 
 
 *
 
 
 結婚っていつでも好きな時にセックスができる関係
なんかじゃない。それはブラジャー以外の洗濯物をご
っちゃに洗って、そしてまたそれぞれに仕分けてゆく
作業に過ぎない。そのくらいは知ってると嘯いて、僕
は大人になった。つもりだった。
 
 
 けれど6月、確かに彼女のブラジャーに付いて考え
てしまう。僕は。たたむ後に彼女がつぐみ、考えてい
たことすら、分からないまま。
 
 
 
 
 


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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