十年後の星空

けんじゅう






「十年後 ぼくたちはどうしているだろう」
ぼくたちは 星の下で語り合った
こんなにも 空は星に満ちているものなのか
こんなにも 星は空を流れるものなのか
そして 人と人とは
こんなにも 瞳に星を見て語り合えるものなのか
(あれから ぼくは誰の瞳にも星を見なかった)
星たちの降臨 そして魂の交合
あの夜 ぼくたちは神に触れたのである
「十年後 この場所 この時間で会おう!」
熱く再開を誓った信州の高原キャンプ地
足早に過ぎていった時よ 星の瞳たちよ……

固い指切りを守ってやって来たのは
たった二人 ぼくと彼だけだった
彼は 代々の家具屋を継いだ
最後の最後まで大学進学を目指しながら
後継ぎを嘱望され 受験を断念したのだった
哲学を愛し 嘘の嫌いな奴だった
彼がやってきたのは 職人らしい律儀さゆえであった
ぼくはと言えば 二浪の末 四大へ進学するも中退
文学で身を立てるのだと言っては 
四畳半に引き籠もりの毎日
時計が止まったままなのである
そんな ぼくと彼との高原キャンプ地での再開

ぼくたちは 待った
満天の星は 昔と少しも変わらぬ神秘で
さざめき合っていたが ぼくらの他に
誰もそれらしき人影は 現れなかった
十年後といえば みんな28 働き盛りではないか
配偶者を得て 家庭を持ち 子供が産まれ 新居を構える
そんな歳ではないか
商社にゼネコン 銀行証券に役所 あるいはベンチャー企業
日々 仕事に腐心没頭する
そんな歳ではないか
毎日が 輪転機のように新しく刷り直され
未来即現在 昨日の企画書はシュレッダーへ 
まして十年前の口約束など
そんな歳ではないか 28というのは   

誰も来ないと分かった後も
ぼくたちは 黙って空を仰ぎ続けた
思い思いの時を刻んできた十年後の星空……
幼い夢を詰め込んだ詰め襟とセーラー服が
十年前の口約束など 破り捨て葬り去るのが正しいのだ
変わるものと 変わらぬものと
あの時の高台からは あの夜のように
キャンプファイヤーの赤い火が星空を焦がしている
こどもたちの喚声が潮のようなコントラストを奏でる 
「行こうか」
ひとしきり 思い出を語り 
かすかに 癒し合いながら
ぼくと彼は 高原発最終電車に急ぐのだった







うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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