金属犬






川雨に打たれねば石は磨かれない
人に打たれねば心は磨かれない

雲に響かねば山は青くなれない
煤を吸わねば街は動かない

呼吸を知らずして病を語れない
痛みを知らずして恍惚は語れない

生活を知らずして哲学は語れない
悲しみを知らずして笑いは語れない

ぼくらは無を語るが
農夫の靴を如何に語れるか

ぼくらは空の美しさを語るが
石の苦しみを如何に語れるか



ぼくらは石になろうじゃないか
詭弁を弄さぬ石火になろうじゃないか

川を泳ぐ鮎の憩う一粒の大河の石

真昼の正午に想像力は死に絶えるが
石の心に猥雑な成熟はない
生れ落ちた静寂に動点はない
平凡なる力学に余分な数学はない

仙峡を俯瞰せず
美の静点にいようではないか
概念に削られながら
概念でいようではないか

人工衛星の軌道から降る客観に堕ちず
棘を無くした薔薇でもない
雪のように暗喩でもなく
そのようにして存在する
決して未知を開くことでもない
冷暖房の完備された工場でもなく
螺の落ちてゆく機械のように
ぼくらはぼくらの生を嗤うことなどできない

ぼくらは落下し続ける重力の中で
翼を持つ金にはなれない
ロックで割った強度のテキーラを
衒って飲み干すブルースにはなれない

ぼくらは還ってゆく
比喩のない道を
アンチテーゼの繰り返される海峡の中で
ただ陰鬱な路傍に横たわる結論の中に

石 ぼくはただそこに在る石になりたい






うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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