美しく青きドナウ

yoyo




仮面舞踏会は東郷伯爵宅で開かれました
わたくしは帝国幹部の使命によりまして
密令を遂行すべく肋伯爵に令状を渡しにきました


絢爛豪華な舞踏会に上等兵のいでたちは不釣合いでした
軍服の乱れをただし帽子を深く被りました
シャンデリアは部屋を琥珀色に照らしていました


蝶のマスクをした貴婦人と目が合いました
美艶の瞳をしておられました
御髪は束ねられ生花の簪をしておられました


あのお方は誰かの奥様であろう人でした
蓄音機の音色はやがてヨハン・シュトラウス2世「美しく青きドナウ」になりました
躊躇われましたが身分を承知の上あのお方をダンスへ誘いました


あのお方は小声で耳元に囁きかけてきたのです
「あなたの逞しいお姿は素敵です」と
軽快な舞曲は人目のつかぬバルコニーへステップを踏みださせました


白魚のような柔らかな手は任務を忘れさせ
あのお方はわたくしに接吻をしたのです
暫し悠久の音色を感じさせました


あれから四半世紀たちました
階級制度は崩壊しわたくしはダンスホールを経営しております
ワルツのあの曲をかけるたびに思います


あのお方はどうしていらっしゃるのかと



うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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