[7]ボディ・ランゲージ

[7]ボディ・ランゲージ



 俺は田舎の両親に送ったり何かの足しにするようマリリンに百万円を手渡した。「リョーイチ、ドウシテ、コンナ」
「いいんだよ。君は優しくしてくれたしね。それに俺、もう行けないかもしれないから。お別れの挨拶ってとこかな」
 俺はこれから親の家に用があって行くと告げ、出口に向かった。「待テクダサイ。ホントニ、モウ会エナイデスカ?」
「ああ、たぶん」
 俺は答えた。マリリンが駆け寄って来て俺に抱きついた。ベスもジョイもそれを見ている。俺の唇にマリリンが唇を重ねた。そして「入ッテクダサイ」と部屋に引き戻し、玄関の鍵を下ろした。俺は何か言おうとしたが、それよりも早くマリリンは脱いだ。「いいよ、マリリン、俺は」
「リョーイチ、ワタシ」そう言って俺のズボンのベルトを外し、下げ、トランクスの上から俺を揉んだ。見てるじゃないか、俺はそう言ったがマリリンは聞かない。
 俺の脳裏に真美が浮かんだ。こんなことをしている場合じゃないんだ。ベスが近づいて来て俺のモノを濡れたタオルで拭く。見ると、ネグリジェを脱いだジョイが自分の下着の中に右手を入れて動かしている。「淋シイダカラ」
 女たちは部屋の隅の籐椅子に俺を座らせた。マリリンは俺に乳房を含ませ声を出した。香水のいい匂いがする。ベスは椅子に座っている俺の前にしゃがんで、俺を弄び口に含んだり、弾いたりした。そしてジョイがそれに加わる。ベスとジョイは左右から交互に俺の茎を口に入れては出し、唾液を絡ませている。眼を閉じると、その音が俺を一匹の竜で天に昇らせようとする。その二人を押しのけてマリリンが俺の茎に濡れた壷を後ろ向きで被せてくる。俺の左のベスが俺の顔を自分に向かせて唇を合わせ舌を挿し込んでくる。反対側のジョイは俺の手を自分の乳房や性器を愛撫する道具にしている。部屋に女たちの性器の匂いが満ち、声が交ざり、俺の茎は耐えられそうにない。マリリンが沈めた尻を上げ、ベスと入れ替わる。誰も話などしない。ただ、息遣いが俺の耳に聞こえるだけだ。ベスの襞が俺を擦る。ジョイは自分を慰める道具にしていた俺の濡れた指を舐めているのか、音がしている。ここは極楽だろうか、それとも地獄ではないのだろうか。ベスが去り、今度は狭い感じのジョイが俺の蓋になる。マリリンが無言で俺を椅子から立ち上がらせる。ジョイの蓋が外れる。「眼ハ、開ケナイデ下サイ」
 饗宴が始まって初めて聞く言葉。
 俺の後ろに回ったマリリンが俺の足を開かせる。尻に冷たいぬめりのある液体が伝い、指が俺の尻の穴に入ってくる。熱い。そして射精しそうになる。「我慢シテ下サイ」
 マリリンの声だ。そして広げられ、舌が挿入されてくる。どの位の時間だったのか。俺はやっと耐える。そしてまた座らされる。ジョイが前を向いて俺を跨ぐ。そして沈む。「ベス」とマリリンの声がした。ジョイが去り、ベスが来る。俺は床に両手を付いて犬の形をしたベスに犬の形で挑む。ベスはその犬の形で、自分の前に脚を広げたマリリンを舐めている。男と女とは何か。男と女とで出来ることとは何か。出来ないこととは何か。愛とは何か。性とは何か。俺の茎とは何か。女たちの穴とは何か。性欲とは何か。生きるとは何か。歴史とは何か。人間の歴史とは…。こうして継承されてきたのか。これからも、されていくのか。俺は突いた。ベスの膣を通って、腸壁を通って、食道を通って、その口から俺の陰茎が突き出て、このままこの世の終焉になれという思いでベスを突いた。そして射精して果てた。刀尽きて矢が折れる。

 とにかく、大曾根からの4百万円は、これで使いきった。

 マリリンのアパートを出ると、夏の雨は本降りになっていた。その飛沫はワイパーの力を越えて、フロントガラスに雨が束で落ちてくる。ダッシュボードの指輪の箱を俺は見た。男と女の営みが夫と妻になったとき、それがどうなるのか俺にはわからない。わからないが、激しさと切なさと掻き毟られるような思いは、鏡のような海を見ているように、平凡で単純で些細な日々に変わるのではないだろうか。例え多少の波風があったとしても。そういえば、真美は今日、医者に行ったのだろうか。いつもなら来ているはずの生理が二週間も遅れていると言っていた。俺は親父になるのだろうか。報道カメラマンとして、一人のジャーナリストとして、俺はもう世間の衆目を浴びることはないだろうか。優しい妻と可愛い子どもと幸せになるのも悪くはないのかもしれない。どうせ一度きりの人生、なるようにはなると思う。時刻はもう7時近かった。実家までは、20分もあれば着くだろう。俺は酒と料理を用意して待っている親父とお袋、それに弟の亮二を思った。いま、家の裏のハウスでは何を栽培しているのだろう。そうして「フローリストADACHI」は足立家代々受け継がれて行くのだろう。
 俺は俺の中にあった刺のようなものが、少しずつ萎えているように感じた。それでいいのかもしれない。実家には一時間位いて、その足で飛ばせば10時半には真美の元に帰れるだろう。明日は真美の25歳の誕生日でもある。真美は今日、病院の帰りに区役所で婚姻届の用紙を貰ってくると言っていたが、保証人は親父と亮二でいいだろうか。それとも一人は三村にでもなって貰おうか。相変わらず雨はフロントガラスを打ちつけている。これも俺と真美への祝福の音楽なのか。雨は二人のキューピッドだって、そう言えば真美は言っていたが、案外、俺たちは雨男と雨女なのかもしれない。仕事は、いずれ人でも使うようになればもう少し量も増やせる。いつまでも、現場ってわけにもいかない。俺は俺の未来をこんなに考えたことは一度もなかった。そして何か人生も悪くないかもしれないと思えてくる。

 亮一は満たされていた。平凡でもいい。いや、平凡がいいと思った。激しい雨は降り続いていた。実家まではもう数分で着く。亮一はウインカーを点滅させて心持ち減速し、ハンドルを左に切った。そしてこれまでに見たことのない強く巨大な光を見た。

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