[5]スイート・ハート

[5]スイート・ハート



 俺は真美と大曾根がホテルの客室に入った30分後から、その一階にあるバーで時間を潰していた。この上の34階の一室で70歳を過ぎた爺と24歳の若い真美が、今まさに性交の真っ最中ではないかと考えると居ても立ってもいられなかった。俺は宴会場を出て行く二人の前に立ちはだかるべきではなかったのか。この女は俺の女だと大曾根の横っ面に一発パンチを見舞うことも出来たのではないか。あの時と一緒だ。あの時だって、シャッターなんか切らずにあの女の子をサイの角から救うことだって不可能ではなかったはずだ。何がジャーナリズムだ。そしていま俺は、大曾根を強請るために、真美を生け贄にしたのではないか。俺に背を向けて玄関から出て行った大曾根のでっぷりとした身体は、まさに薮の中に消えて行ったあのサイではないか。すると真美は死んでしまったのだろうか。俺はいつも自分がその渦中から一歩引いたところで生きてきたのではないかと自分で思った。カウンターの中にいたバーテンに帰ると告げて椅子を降り、レジスターの前に行った。左のエレベーターが開いて、腕を組んだ一組のカップルが降り、続いて真美が降りて来た。初めて会ったあの夜と同じレモンイエローのスーツだった。
「…真美」
 俺は彼女の前に立ちはだかった。
「…あッ、カメラマンさん」
「あ、足立、足立亮一」
「り、亮一さん?」
「そう」
「私、伴野真美」
「うん。知ってる」
「ずいぶん待ったでしょ?」
「えッ?」
「貴方、いたの知ってたから」
「…」
「写真も撮ったでしょ?」
「あ」
「私、前に撮ってって言ったわね」
「とにかく送るよ」
「だめよ。酔ってるわ、貴方。それより少し歩かない?」
ホテルの前の大通りを渡ると目の前が日比谷公園だった。俺はなぜ真美が俺がいたこと、俺が写真を撮ったことを知っているのか不思議だったが、それと同じくらいに知っていたはずだともなぜか思えた。雨は煙って霧になっていた。何組かの男と女が歩いたり、敷物を敷いてベンチにいた。俺たちは公園を抜けて左手の野外音楽堂まで歩き、そこのベンチに腰を下ろした。
「私、前にここに何度か来たことがあるわ。まだ、いまのコンパニオンじゃなくて、丸の内にお勤めしてたころ」
真美はそれ以上は言わなかったし、俺も聞かなかった。
「ねぇ、亮一さん」
そう言って真美は俺を見た。
「私、大曾根とは何もなかったのよ」
「…」
「何も。貴方の想像しているようなことは、何もなかったわ」
「俺は、別に」
「貴方、私が大曾根と寝たと思っている」
「…」
「私、キスだってさせなかったのよ」
「…」
「貴方が、亮一が下で待ってるって、知っていたから、私、私、貴方の女だから…、何も、何もさせなかった」
「…ああ」
「ああ、じゃなくって、ちゃんとこっち見てッ」
「…うん」
「貴方はどう思っているか私にはわからないけど、私はそんな女じゃない。いろいろショーとかも、やっているけど、貴方を好きになってから、亮一、あんなの今日が初めてよ」
 それが本当かどうか俺にはわからない。わからないけれど、真美がそう言うのだから、少なくとも真美の意識としてはそうなのだろうと思った。例え、仮に大曾根と何かあったのだとしても…。
「亮一とは今日でまだ逢うの二度目だけど、違うの、私。亮一とは二度目だけど…」
「うん」
 俺を見る真美の眼が次第に潤んできて、そこから幾筋もの泪が落ちた。
「わかってるよ、真美。だから泣くなよ、もう」
 俺は真美を頭こど俺の顔に引き寄せた。俺の頬が真美の泪で濡れる。
 それから俺はパーキングまで真美と歩き、真美をクラウン・マジェスタに乗せた。
「何日ぶりだろ?」
 すっかり泣き止んだ真美がはしゃぐ。そして私たちって雨がお似合いねと笑った。考えてみると今日も長い一日だった。三村と会ってファッション・マッサージの「パッション」に行き、マリリンを抱いたのは今日だったのだ。
「ねぇ、亮一、今日も一斉やってるかも知れないから気をつけてね、この道」
 真美のマンションが近づいて来る。
「お茶でも飲んでく?」
 悪戯っぽい眼で真美が俺を覗き込んだ。
「ああ、コーヒーでも」
「ミルクとかお砂糖とかは?」
「何言ってんだ?」
「ミルクは俺のでどうだって? 亮一」
「ばか」
 こうしていると真美とは初めて会った時からずっと一緒にいる気がしてくる。部屋から見える夜景はあの夜と同じように美しく映っている。真美は浴室へ行き湯を入れて帰ってきた。
「いつも逢えるわよね?これからは、亮一」
「ああ、逢えるとも」
 俺は真美を抱き締めてリビングのソファに押し倒した。「だ、だめだったら、亮一。お化粧が着いちゃうわ。それに汗かいてるから…」
 俺は構わず真美の顔を俺に向かせて唇を重ねた。
 真美の舌が俺の舌に絡んでくる。
「亮一…」
 真美は眼を閉じていた。
 その眼からまた一筋の泪が流れている。
「どうした?」
「わかんない。でも、好きなの、貴方が」
「俺もだ。真美」
「嬉しいッ」
 俺は勃起していた。そしてその欲情とはべつに俺はこの女と暮らすことになるのではないかとなぜか思った。親父やお袋ように、そして弟の亮二のように、幸せかどうかはともかく、女と暮らすのも悪くないかも知れない。真美が俺の下着の洗濯や俺の飯を作って、俺は真美と、いつか出来るかも知れないガキのために、一介の写真屋で稼いで、家も買って、真美をあの白い砂のアメリカ西海岸にでも連れて行ってやって…。
「亮一?  何考えてんの?」
「ああ、いや。真美と暮らすのかなぁってね、考えてた」
「うそ? ホント? 私も考えてた。貴方と暮らしたら、どんな毎日だろうって」
 俺は、何なのだろうと思っていた。男と女は積み重ねた時間が愛になるのではないのだろう。これはもう出会った時から決まっていることなのかも知れない。俺は真美を知らない。真美も俺を知らない。だが、知ることが一体何だというのだろう。知れば愛が深まるとも言えない気がする。
 いや、それよりも何よりも、そもそも愛なんてあるのだろうか。俺のこの硬い茎と柔らかい真美の壷が愛なんかであるのだろうか? そうであれば、ソープランドの理佐とも、マリリンとも愛なのか? 性愛が愛なのか? やはり俺には愛なんてないような気がする。そんな移ろいやすいものが、どうして愛なんかであろうか。俺はその辺の男たちと同じように、この先、平凡に生き、平凡に死んで行くのだろうか。真美を養い、子を養い、そんなことで一度きりの人生が、そんな凡庸なことでいいのだろうか? 浴室から真美が俺を呼んだ。いや、移ろいやすいから愛なのかも知れない。俺は真美の身体を洗った。真美は俺の身体を洗った。真美が浴槽に入ろうとしたその後ろから俺は勃起した陰茎を真美に容れた。
「亮一…」
 そのまま浴槽の縁に両手をついて、突き出した尻で真美が俺を迎えた。俺は突いた。真美は腰を使って俺に応えた。
「いい、亮一、もっと」
 喘ぐ真美の声に俺は突いた。抜きかけて、また挿入する。茎の根元まで容れて、出しかけて容れた。真美の尻を両手で広げながら、もっと深く、もっと深く、真美に近づきたかった。そしてそのまま俺の陰茎は十数回射精を繰り返した。
 真美が振り返って俺を見る。
「亮一…、出てるわ」
「ああ、出してる」
 俺は真美の尻を左右に思い切り裂いて、最後の波を終えた。風呂の中でも真美は俺の唇を執拗に求めてきた。俺の口の中に真美の舌が入って来て、俺の舌を吸い、俺の口中を舐め、彷徨い、また吸ってくる。俺は湯船の中で再び俺自身が塊になるのを感じた。
「亮一、またほら、こんなになってる…」
そう言って切なそうに真美が握る。そして強く上下に動かす。俺は浸かっていた湯船から身体を半分上げた。真美の顔にちょうど俺の塊が浮かぶ。
「ステキよ、貴方…」
 真美は左手を窄めて俺の袋を包み込んだ。そして柔らかく揉む。右手で俺の茎を握り、真美の顔の方へ堅い茎を傾ける。「含んで、あげる」真美が口を開ける。そして口の中から舌を伸ばして、俺の先端の割れ目に挿し込む。それに沿って舐めあげていく。俺の茎にある幾つもの赤い筋が脈になって波打っていく。快感が股間を昇り、背を昇り、頭の先へ昇って行く。真美は舐め上げている。縦に、横に、裏まで真美の舌が湿った一匹の蛇になって、蛞蝓になって、俺を苛んでくる。
「真美、俺、ダメだよ、また、なぁ、真美」
「いいわ。私が受けとめる」
 俺の煩悩に巣喰った一匹の蛇が、俺を一匹の竜にして昇天させて行く。
「真美ッ」
 俺は呻いた。真美の白い喉が小さく鳴って、俺を嚥下し鎮めて行く。俺は果てて、真美の頭を両手を抱いた。膝が顫えて、名残の陰茎が真美の口中で小刻みに脈打っていた。

 夜景の見下ろせるリビングルームを抜けて、俺は真美を抱いたまま寝室へ向かった。こうしていると真美とずっと一緒に暮らしている錯覚に陥る。
「亮一?」
「…ああ」
「貴方、ここ来て暮らさない?」
「俺も、それを考えてた」
「私、もうコンパニオンのお仕事、辞めようと思うんだけど」
「うん。俺、何とかできると思う」
「そしたら私、毎日、貴方の帰り待って、お洗濯したり、お食事作ったり、お家の中
飾ったりしたい」
「そうだね。そうするといい」
 俺は、真美はきっといい妻になると思った。一度くらいは平凡な人生を味わうのも悪くないだろう。年老いてきた親父とお袋はどんな顔をするだろう。弟の亮二は、「兄さん、よかったね」と祝福してくれるだろうか。俺には似合わない気もするが、そんな擽ったさも、きっといいのだろう。二人で家具を買い揃え、食器も買い、真美の作った料理を食って…。
 それから俺は真美に両脚を広げさせた。そして両手の指で真美を開いた。真美の糸が俺の指に粘りつき、また奥から糸が溢れてくる。
「亮一、私、恥ずかしい…」
「恥ずかしくなんかないよ、真美。俺たちのすることで、恥ずかしいことなんか」
「…そうだけど、でも、やっぱり、私…」
 俺は指を容れ、俺は舌を容れ、それに順応して真美は声を出した。そして腰を揺すり、真美は耐え、耐えられなくなって昇りつめて行く。俺は半回転して真美の口に俺自身を運び、真美の女を真美の上から口と指で愛撫した。真美がまた俺を銜えて扱く。それに応えて俺は窄めた舌を真美に容れた。真美は昇り、俺はその真美の尻を抱えて支えた。そしてまた真美と向き合う形になった。
「亮一…、私、貴方と、いま、何してるの?」
「…」
「ねぇ、何?」
「どうして、そんなこと訊くんだ、真美」
「言ってッ、ねぇ、亮一!」
「愛してるよ真美」
「愛してるわ、私も」
「ずっと一緒だな、真美」
「死ぬまで、離れないッ」
 俺は真美の眼を見た。真美は俺の眼を見つめ返した。そして真美の耳元に「真美、俺たちはいま、お〇〇こ、してる」と言った。また真美が乱れていく。

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