[4]パーティー

[4]パーティー



 翌日は朝から生憎の雨だった。湘南ロケが流れた足立亮一は南浦和のスタジオで製薬会社から依頼されている新薬のパッケージを35ミリで数カット撮り、通販会社の旅のビデオ全集を2種類、シノゴで3カット撮って仕事を終えた。そして三村に電話を入れ、午後5時の待合せを二時間半早めて、2時半に銀座和光前に決めた。それというのも、三村が時間潰しに遊びに行こうと言ったからだった。銀座では滅多にないが、亮一は有楽町寄りのコリドー街に一軒、風俗店があるのを知っていた。車は交通会館側のパーキングに停めた。
 そして時間どおりに来た三村と連れ立って、雑居ビルの4階にある「パッション」に行く。「お前、よく来るのか?」と三村は訊いた。「ああ、スポンサーで好きなのがいてな」と亮一が答える。エレベーターを降りるとそこがすぐ受付になっていて、あまり人相のよくない若い男が店屋物のラーメンを啜っていた。「あ、どうもお久しぶりです」と男は啜った麺を飲み込んで亮一に愛想笑いをした。「今日は、初心者連れて来たから、いい娘つけてよ」
「そりゃあ、もう」と言って男は壁に貼ってあるポラロイドの写真を指さし、「この娘なんかどうです?」
 と、まじめな顔で言う。その女はテレビCFでよく見る「できたて飲むか」というセリフを言う藤山絵里香という女に似ていた。「おおッ、いいですね」と三村は満面の笑みで答えた。「足立さんはマリリンでいいですか?」と受付の男は確認するように言った。「出てるのか?」
「いまメシ食ったところですから、すぐですよ。そちらのお客さんからどうぞ」
 男に促されて三村が黒いカーテンの中へ消えて行く。パッションはいわゆるファッション・マッサージ店の類いである。それは簡易ベッドと共同のシャワー室があるのが普通で、個室といっても、よく会社などで見かける衝立てのような材質のもので仕切った部屋とも言えない空間で女たちが性交を除くサービスを男たちに施す場所である。もちろん隣の物音や気配は筒抜けに近く、それが却って欲情をそそることにも繋がる。亮一はじつはこの手の店はあまり好きではなかった。理由は各室にシャワーがないので、これも衝立てで作られた廊下のようなところを前だけタオルで隠してシャワーを使いに行かなければならない。銭湯じゃあるまいしと思うのである。ただ、簡便に性の処理ができるので需要が掘り起こされるのだろう。
 今頃、三村はその藤山絵里香似の女に扱かれて口でも開けているのだろうかと亮一はなぜか不思議な思いがした。シャワー室を出て、狭く堅いベッドに仰向けになると、その上にマリリンが身を被せて来る。「ワタシ、リョーイチ、淋シカッタヨ。イツ来ル、アア、来ナイカナ、イツ来ル。ワタシ、ズット思ッテタヨ。ニホンジン、リョーイチ、優シイヨ、一番。」
 マリリンはオーバステイのフィリピーナである。肌の色が違っても、言葉も文化も習慣が違っていてもやることは同じなんだと、いつも亮一は思う。一体これは何なのだろう……。マリリンは亮一の口に舌を差し入れて、その舌で亮一の舌を優しく、激しく吸った。自分の男がこれ以上は大きくなれないと思うほど亮一は勃起していた。「ワタシ、アナタ愛シテイマス。アナタノコト大好キ。デモ、ココロ、モット大事ネ」
「ああ、俺もそう思うよ」
 マリリンは自分の大きな乳房を亮一に吸わせて「ああ」と声をだした。「ワタシ、欲シイヨ、イツモ、イツモ、ロンリーネ、家族ミンナ、イナイダカラ、リョーイチ、ワタシ、辛イヨ」
 店でするのは禁じられていたが、亮一はマリリンを鎮める方法をほかに知らなかった。マリリンが愛おしそうに口に含んでいた物を抜き取って、亮一はそれを濡れているマリリンの割れ目に押し込んだ。マリリンがしがみついてくる。「声、出すなよ」そう言ってさらに深く、もっと深く亮一はマリリンの淋しさを埋めるように容れていった。それは自分自身の淋しさをも埋めているのかもしれないと思いながら。
 パッションを三村と出て、会場となっているホテルへ向かう。雨は本降りになっていた。「また、濡れるのかよ」と三村が機嫌のいい、おどけた声で言う。会場には政権会御用新聞の記者ということで入場することができた。亮一がテレビで観たことのある政治家が大勢いて、壇上下にこれも見たことのある落語家が司会を務めるのだろう羽織姿の緊張した面持ちで何度も腕時計に目をやっている。お色気が売り物の若いタレントもいる。壇上のあの幕の裏にバンビがいるのだろうか。大曾根はそのバンビをこの雨のホテルの一室でモノにするのだろうか。脂ぎった大曾根の横顔が一番前のテーブルの席に見えた。70は過ぎているであろう大曾根の精力的な体型が亮一に何故か敗北感のような苦さを感じさせた。何故だ? べつにバンビは俺の女でも何でもないのに。
 やがて定刻となり宴は始まった。まず司会の落語家が大曾根を紹介し、大曾根はその場に立って振り向き、軽く場内の客に会釈した。会場からは拍手が湧く。「大曾根先生、万歳!」と掛け声がかかる。司会者は、大曾根が最後に挨拶をする旨を告げ、与党政権会幹事長の牟田の音頭で乾杯、続いて数人が大曾根に死んでもついて行くというような挨拶を述べて、ボーイやコンパニオンが各種の飲み物や、新しい料理を運んで来る。三村と亮一も握り鮨の列に並び、コンパニオンが運んで来たワインを飲むことにした。「赤と白がございますけれど」とバニー姿の女が言う。「何?」と亮一が訊いた。ウサギの尻尾と深くえぐれた黒い胸元で女が答える。「赤はブルゴーニュで、白はボルドーでございます」「鮨食ってるから、ボルドーの白」 女の胸からは薄っすらとシャネルの香水が匂って来た。「俺はさぁ、両方。好きなんだよな、ブルゴーニュの赤もボルドーの白も。そう言えばそんな詩集なかったか?亮一」 「知らねぇよ、詩集なんて。そんな少女趣味ないな、俺には」 そうこうしているに、コントが終わり、マジックが終わり、場内のライトが暗くなってショータイムになる。
 まだ未成年と思われる童顔の少女が左手から舞台中央まで出て来て、ぺこんとひとつお辞儀をすると、漫画のキャラクターのついたTシャツとオレンジ色のキュロットを慣れた手つきで脱いだ。下着をつけていない胸は少年のようで陰毛だけが異様に濃かった。そこにピンクのライトが当たる。亮一は離れたところから大曾根を見た。彼の隣にはいつの間にか女がいて水割りを作っている。
 それから日本人の女と黒人の男の濃厚な絡みのダンスがあり、レスビアンショーなどが舞台の上では展開されていく。よくない趣味だと亮一は思ったが、観客からは好評のようでヤジやら掛け声が飛び交っていた。この国の将来はこんな程度なのだろう。
 三村は頻りとウイスキーを飲んでは、何か摘まんで口に運んでいる。司会の落語家が再びマイクを握った。「それでは大変お待たせいたしました。絶世の美女による艶かしいファンタジック・ヌードショーの始まり、始まりぃ」 60年代アメリカ・ハリウッド映画の主題歌をバックに一人の女が奈落から舞台にせり上がって来た。大曾根が身を乗り出した。亮一は高感度フィルムの入った小型カメラのシャッターを切った。それはどう見てもライターにしか見えないから、よほどの人間でない限り、カメラと見破ることはできない。しかし、亮一は自分がシャッターを切ったとき、女の顔がこちらをキッと睨んだような気がした。女のいる舞台は光の中で、亮一の場所は闇だから、そんなはずは間違ってもないのだが、女はそこにいるのが亮一で、そのライターがカメラであることを知っているのではないか。亮一はそっと周囲を見回した。隣にいる三村でさえ気づいていなかった。
 舞台の女はやはりバンビ、伴野真美だった。緑と赤のスパンコールが照明に映えて、幻想的な雰囲気を漂わせていた。亮一は前に真美がアイドル歌手の佐山加奈に似ていると思ったが、こうしてよくよく見てみると、それよりも数段美人だった。真美がそのドレスを肩から脱ぎかけたとき「もう、止しなさい」と突然、大曾根の声がした。音楽が止み、場内は静まり返った。何が何だかわからない者も多かった。「君、もういい。こっちへ来なさい」 それは大曾根が真美を気に入ったということではないだろうか。その女を人前に晒したくないといったことではないのか。想像でしかなかったが、亮一はそう思った。
 司会の落語家が卒なくマイクを握る。「ええ、そういうことでして、どういうことでしょう。では、大曾根先生、お言葉をお願いいたします」 そう言ってマイクを大曾根の席に持っていく。そのマイクを取って大曾根は壇上に上がった。「まぁ、本日はお忙しいなか、お運び戴きまして大変感謝いたしております。どうか諸先生方も地元にお帰りになられました折には、男大曾根は清廉潔白、健在であったと支援者の皆様にお伝えください。ええ、まだまだ酒肴もございますので、どうかごゆっくり」というようなことを述べ、司会者が再び、まだショーの続きがありますと場内に伝えた。亮一は大曾根が真美を促して前方の出口から出て行くのを見た。自分の隣から三村は消えている。そして真美の腰に手を伸ばした大曾根の後ろ姿に、亮一はまたシャッターを切った。大曾根と真美の消えたその出口のドアを押すと、その横に宿泊客用の二基のエレベーターが見える。その一基が降りて来て三村が出てくる。「おッ、亮一。大曾根たちは34階だぞ」
「お前、ついて行ったのか?」
「ゼニを逃す手はないよ」
 そう行って三村はその34階の客室の窓の見える中庭の植え込みを亮一に指さした。
 中庭は27階にある。天井は開閉式の吹き抜けになっていて、わずかに開いた屋根からは霧のような雨が落ちている。だが、樹々の多いせいか、葉陰に身を寄せると濡れることはない。三村は、後はお前の仕事だ、また連絡すると言って帰って行った。確かにそこから34階の窓は見える。だが、はたしてその窓辺に大曾根と真美が現れるのかどうかは亮一にはわからなかった。例え現れたとしても、34階はそこからはかなり上に位置していて、とても亮一の持っているライター型の小型カメラでは撮り切れないと思う。30分程して、亮一はその窓に人影のようなものが映った気がしたが、眼を凝らすと、手前の葉陰だったような気もする。けっきょく、諦めて一階のバーに行った。そこからはフロントと玄関の入り口がよく見える。大曾根が裏口からでも出て行ったら、それで終わりだと思いながら、亮一には他に方法も見つからなかった。バーで亮一はテキーラをベースにしたマルガリータを注文した。グラスの縁についている塩が真美の陰部の味に重なる。今頃、真美は大曾根に口や手で奉仕させられているのではないだろうか。あるいは真美が積極的に大曾根に乗って腰を使っているのか。
 88センチあると言っていた大きな乳房の間に大曾根の萎えた男根を挟んで、汗ばみながら硬くさせているのではないだろうか。大曾根は真美のソバージュの髪を拿んで、何度も何度も白いものの混ざった自分の股間にその顔を打ちつけているのではないか。嫌がる真美の歪んだ顔を引き寄せてその唇に自分の醜い唇を重ね、真美の口の中に粘る唾液を押し込んでいるのではないか。或いは真美が、愉悦の表情で大曾根に尻を出し、後ろから牝犬か山羊のように犯されているのだろうか。或いは…。亮一は自分がいま大曾根に嫉妬していると思った。一度しか逢ったことのない女に俺は何故、そこまでイレ込んでいるのだ。激しく喉が渇いて亮一はマルガリータをもう一杯注文した。自然と眼が充血してきて、泪が溜まってくるような気がした。あいつを他の男に渡したくない…。真美は、大曾根の精液を口の端から滴らせながら、潤んだ眸で飲み干すのだろうか。
 亮一は勃起していた。真美…。お前に、早く、真美、お前に逢いたい。逢って、お前に俺のこの身体と心を伝えたい。ふと、フロントに眼をやると、そこから出口に向かって行く大曾根のでっぷりとした後ろ姿が見えた。

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