三井喬子
塀の上に首が並んでいた。
老若男女のそれらの顔は、雨上がりのにぶい西日を受けて光っていた
が、明らかに生きている者のそれではなかった。一様に目を見ひらき、
口をほうっと開けて、家の中をのぞきこんでいた。
カーテンを引こうとして目に入った、塀の上の首。いずれも見知った
者ばかりで、もはや人間の生気を失ってはいるものの、やはり誰彼と
特定できるものだった。
かつてわたしが愛した彼ら。その顔をした首。薄く発熱したレースの
薔薇の模様のように、整然とならんで、息を出来ないわたしを見つめ
てくる。異口同音に、抑揚の無い声でかたりかけてくる。
あれからどうしていたの
ちっとも顔を見せないから、みんなで会いにきたよ
ねえ、あれからどうしていたのさ
忘れていたとは言いにくいが、忘れていたのだった。彼らは「逝って
しまった人」だったから。
忘れた?
だったら、私たちはもう一度死ななくちゃならないね。
そうか
そうなのね
首たちは、順番にくるりと回って向こう側に落ちて行った。やっぱり
ね、と聞えたような気がする。西日が鈍く塀を照らしている。かつて
わたしが愛した彼らの顔が、見えなくなった。
カーテンを引いて、暗くなった部屋で、大声で泣いた。忘れてしまっ
た。長いこと現われないものだから、わたしだって、あなたたちの名
前を思い出せないじゃないか。
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