欠片を踏んで  ―ある新聞配達の少年に
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欠片を踏んで  ―ある新聞配達の少年に



関富士子

錆の浮いたペダル
やわなハンドルがぐらつく
膨らんだ腿の筋肉で漕ぐ
暗い短水路を潜っていくみたいだ
濡れたアスファルトが流れている
助走から気合を入れろ
いざこざはごめんだ
無慈悲な真夜中の街路で
丸腰のまま殺されたくない
後ろの荷物は三十キロの紙束だ
だれに渡すのかなんて考えたこともない
マシンの古ネジが抜けそうに震える
都市をじぐざぐに走っていく
低いノイズがいつも耳に響く
ぼくたちは家族としてふるまえない
空になった母の胸から全速力で遠ざかり
ホイールがしんしんと鳴り始めるころ
薄明るいターミナルビルの陰に
われを忘れた父がうつぶせている
変わることができるのはぼくだけだ
コイルを巻き付けた少女の胴体が
パーティの灯りに近づくとき
朝の可憐な友人たち
君らは正課を取るために教室に向かうんだ
日常の暴力沙汰に倦みながら
明けがたまであと三時間
ぼくは細裂かれたカードの女たちを踏んでいく
裸の体にリボンが巻かれている
いつも傷ついている世界に生まれたんだ
舗道に散らばる無数の肉片を越えて
すねに笑いがきたガイコツみたいに
はいつくばってベッドに沈むだろう
十時間働きづめの夜明けに
つめたいチキンを食って眠る
昼に目覚めたらペニスを握ってみるだろう
ちぎれて死んでしまったのではないか
 *私たちを愛するという者たちによって
  私たちはつねに切り細裂かれている
空転する擦りきれたゴムタイヤ
クラッシュしたチャリを引きずっていく
だれかヨー助けてくれ
地まわりにぼこぼこにされた男が
前歯のない血だらけの口ですがってくる
側溝に荷束が散乱する
百馬力の馬になった気分だ
いつもこうだ助けろってあいつは
言うけどだれに言ってるんだ
何をいったいどうやって
ぼくは途方にくれる
夕方になるとジムに行き
死体の形の砂袋を殴るだろう
道沿いでいつものシャドーを始める
弾けた新しい内臓の欠片
幼子を抱いた家族写真の欠片
ぶちまけられたチキンの欠片
折れた前歯の
分解マシンのネジやボルトやチェーンや
細裂かれたぼくのシャドーの
無数のいまわしい欠片を踏んで


*高橋睦郎詩集『恢復期』から「地下鉄のオルペウス」より引用
  初出誌 鈴木東海子個人詩誌『櫻尺』27号2003.11.1刊





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