夏の切手
桐田真輔
7月8日(花言葉はトルコ桔梗の「優美」)
郵便局でまとめて切手を買った帰り
文庫本片手に散歩して
堤防の土手で寝ころんでいると
暗い飴色の雲にまぎれて
カモメのような鳥がゆらゆら消えてゆき
夏が水の入ったバケツをぶちまけた*
ニセアカシアの林を抜けて
逃げ込んだ公園の休憩所の隅に
白いワンピース姿の君がいた
胸には明るい花の刺繍
ほどなく僕らは短い挨拶をかわし
身に降りかかった災難を慰め合った
紫色の花咲けど
標もなくて野守もいない
道にはヤモリが干からびていて
ノースリーブの君は
袖がないので手をふるばかり*
濡れた文庫本の裏表紙に
そんな悪戯書きをみつけて
君の横顔が笑うと乾いたページの間から
買ったばかりの切手が何枚もこぼれ落ちた
8月8日(花言葉はツツジの「愛の喜び」)
切手のない葉書が届いた
代わりに短冊のような紙が貼ってある
この郵便物は取扱中に郵便切手が
離脱したと認められますので
このまま送達します*
「お元気ですか
私は今 海の見えるホテルのテラスで
あのときの白いノースリーブの○ンピースを着て
アイスティを飲みながらこの葉書を書いています
横の水盤には紫色のトルコ桔梗が生けてあって
その影でさっきからやもりが一匹
眠ってるみ○いにじっとしてるんですよ
あなたの変な歌 思い出○ちゃいました
これから夕立が来そうで風もでてきたみたい
夜○ぐっと涼しくなります
この葉書 あの時いただいた
○○○の切手を貼ってだしますね」
あいにくの雨が葉書の文字を
ところどころ流してしまったようで読みにくい
なぜか思いだせないのだが
あれはなんの切手だったんだろう
註)
* 田中宏輔詩集『The Wasteless Land,』より。
*「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」
額田王のうた(『万葉集』)より。ただし原型を留めず。
* 福生郵便局。
〈アンソロジー投稿にあたっての註〉
「この作品は、川本真知子さんとのデュエットで、詩誌「Intrigue vol. 10」に掲載していただきました。いくつかの共通の言葉を使って、別々に作品を書くという試みです。詳しくは、川本さんがホームページに詩誌全文を掲載しておられますので、興味を持たれた方は、ぜひ、そちらもご覧ください。」
川本真知子さんのサイト
「Machiko Kawamoto's Home Page」
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