観覧車恐慌を露光する
うろこアンソロジー 2001年版 目次前頁(夏の切手)次頁(水面に浮かぶ果実のように)
うろこアンソロジー 2000年版 目次Shimirin's HomePageUrokocitySiteMap

観覧車恐慌を露光する



平井弘之

観覧車に乗ったことありますね。
大きな欲望をまわすその観覧車が台場の風を切ったとき、
そのできごとは始まります。

観覧車が台場の風を切るとき
早くから開けている音楽の店に彼女は居る
体験はない黒いまま
何回も耳は腫れた
すぼんだ回想を指でたたいている
まがった口許は焦げた

一回きりのステンドグラス上の光の攻撃なのだけれども
それはまたたったひとつの怠慢でもあった
巨大な冷凍パーソナリティを食べているさいちゅうに
本来の性格に清く打ちのめされている

観覧車が眼のしたの隈を洗うとき
台場の街が凍る口づけをして
リョウタ君のお母さんのまな板の音は生理を掠めていた
咲き始めた額紫陽花の頃を
海の向こうの地下鉄のいちばん深い河の中で
お母さんは泳いでいる
畸形の休みと羽のおと
良く聴けよ

観覧車が湾岸の向こうに飛行場を見下ろすとき
屋根の上で独身の会計士が閃光
闘牛士の格好で血を吹いている
Ohガーデン 明け方のうすらいでゆく夢の中で
熱い首都の首切り鎌を鳴らしながら

緩慢な日記と家計簿、連絡帳
リョウタ君のお母さんはビーチパラソルに近づいて行く
何もないと思っていたテーブルを強振
公団飴色の空気の残骸からひょっこり現れたものに
テーブルを裂いてひょっこり現れたものに
頭のないおとこ友だちの青空は黙る
禁断症状の初夏の日射しだ楽曲

観覧車が足の毛を剃っているとき
壁に塗られた超高層の湯浴みする夜景
海の向こうの地下鉄のいちばん古い河に架かる橋のたもとで
光る硬貨の模様も溶かしている

毛細血管のようにお転婆な記憶を止めて
飛び移る水の背中に
老人の怠けたボタンを押せば
華やかな火の連弾がきそう
消えかかる陸上競技を打てよ
深くおりおりの花の血栓を欠いて
年中綺麗で居なよ報知器の子の予備よ

Oh それから肝心なこと
何月の何日に
今から云うことをやってもらう
一度海の向こうの地下鉄に乗ってから
ある人に会ってもらう
報酬は出来高払い

草も刈らずに
切符だけ買えば良い
らくな仕事だよぉ
問題は観覧車の早さなんだ
そくど

そうして風の必死な温度が笑う一匹の蛾をつぶすとき
フランスの煙草を意味もなくくわえ
小さなスケッチブックに定例の書き込みを几帳面にすると
それもいくぶん走る速度で終えると
女の声で「あぁ素敵な夜の海だわ」
それから男の声で「これじゃぁ逃げ出す前に吸い込まれちゃうよ」
それからつぶされた蛾の声で「しっかり前を向いて--」
リョウタ君はもうスプレーのなか

観覧車がもっと速く廻るとき
アジアのリングに朱色の遊園地まで見える
海の向こうで地下鉄に乗っている夫の心は見えないけれど
早い時間から開いている音楽の店で
遅い昼食をとった人なら誰でも乗れるし
沈黙の硬貨を数え終えた人から降りることができるわ
備え付けのテレビジョンには
なぜなのかフランスの古い映画が滲んでいて
探偵を殺したジャン・ポール・ベルモンドが
妻のカトリーヌ・ドヌーブに殺されかけているのよ
ぐるぐるぐるぐるぐる 
ごーごーごーごー
「はい こんばんは 今年はなんて暑いんでしょ」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ごーごーごーごー
決済の日だ夏のガーデン



初出『00-12』00企画室

うろこアンソロジー 2001年版 目次前頁(夏の切手)次頁(水面に浮かぶ果実のように)

うろこアンソロジー 2000年版 目次Shimirin's HomePageUrokocitySiteMap