ミューズの伝言

ミューズの伝言



片桐 怜

迂回し隠されている神経が片隅の白い雲のヴェールにまで
張りめぐらされたような冬のある朝
覚醒めさせられてしまった胡桃の内部の四分五裂の
喜びだけを指の爪先に残しておき
ミモザの黄の花の方へ時の迫間に
静かに異性となる物の怪としてそっと忍ばせて
胚んでいる空の色の緊張をほぐし (古代貝紫の色に
籠絡させるには
パースペクティブの複雑系になる
以前ずっとそうだったように
位階秩序の市場に運ばれていって
苛酷にへし折られた夥しい牛の
骨を横断的に超えて
いく趣しかない現在は
無意識の廃家に杳として眠る
誠実な木綿豆腐の人柄を
乾ききった間接光に照らされ (エコーとなって
いとおしく舞い踊る
微細すぎる塵の数にまで
孤独な木菟を雅語で微分化しつつ
やさしい眼をした羽根のある
ふわふわした見えない
仔猫の危機感を残し
あえていくつもの分身となった場所で
隠語となる疲れ切った後ろ姿を思い思いに待って
片手あるいは両手で
手招きだけを飽きずに繰り返し
この朝できたての新鮮な眼や耳で
視たり聴いたりするような
無垢なアルペジオの質感にまで
努力しなければ (したいから
身も心も合わせ味噌で水曜日の禊を空しくして
地理から揺らめいて起こる地震みたいな
不安定な哀しみのためにも
皮膚の表の網目模様の皺からも素直になって
全面似非鏡貼りの部屋に引き籠り
床一面に既に冷たくなった紙吹雪状の紙の上に
腹這いになって
ミューズからのそこはかとなく香り立つ
女文字を一つ一つ
吐息にまでも取り憑かれながら蜜柑の汁で
書記しては (小さな生命へ
禁制の寒い風を五臓に吹き入れ続けるために
世界という名の窗をさらに大きく汚泥の胸に開け
もう一つ隣の世界へとよろめき落ち
二の足を踏んで
封印の解けぬあの終わりなき言葉を
口にしえない唇が少し荒れて (この影の冬の
修辞色のカーテンのかかった
百舌の啼く路頭と露頭とにあって
あたかも嘘つきみたいに
真っ赤にまたは白々しく立ち迷っている

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