手風琴

手風琴



海埜今日子

あるいは、よりそう帰り道。はらんだ鞦韆の、影のぶれる。少女の
うらで、交差する、瞳のそそぐ、ひとり、ふたり。見とれていたの、
ぴたりとくっつく、公園はすきまをかすめて暮れなずむ。

水たまりを、すくいました。かはたれ時に、影はやましい。赤玉ポ
オトをね、正月だけ飲ませてくれたの。飛沫たつ、ほそい喉から、
影をつかむ。ふたり、ひとり。足元で、あまいブドウを噛んでみる。

いない母。赤いマンマをたべていた、父は泥のついた新聞を、少女
のなかに見つけるだろう。食卓をわたる、箸のぬくもる。女のいそ
ぐ、ネオンにそって夜がつたう。

ひらひらの、影のまぎれた方角から。ありえぬ鍵盤が耳をすます。
街にたぐられ、あかい、音色、縫い目をほどこし、みあげる明かり。
少女はゆれながら、ねむるだろう。父の寝息がふたつに折れる。

息ヲシナイノハ、簡単ダト、コノ子ハ言ッタ。毒薬ノ作リ方ヲ教エ
テクレタ。忘れていた芝居のともる、あれは手風琴、ともいうのだ
よ。所在のない錠剤が、少女の瓶にたばねられる。脈拍がふるえな
いまま、帰ってくる。

いない父が、影をおす。ゆるやかな幻灯のまわる、真昼だった。ひ
とつ、ふたつ、折れない指が、母をこぼす。鞦韆の、とまらぬはや
さに、ひらかれる、ふいごのきしみ。少女は音だけを知っていた。

そそがれた夜。漏斗のような公園はやさしい。とじゆく穴、はさん
では、わらう、ひとり、たくさん。ひたはしる女をぬりこめ、鍵盤
は、かわいた抱擁をかなでるだろう。つぎあわされた、さんにんの、
ひらたい影が、足から、はなれた。

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