登高

Suzuki


地表から、200メートル突出してタワーに登る
風が惑星の球面を荒くこすり
遠州の地表の彼方
水平線のゆるい湾曲に、
わずか震えが走る
空の雲が
青い幻想を飛び抜け
やがて見失わればらけていく

俺はこのタワーの足下
貧しい時間の堆積から這い出してきた
今日、親会社に連鎖倒産した部品工場で、昨日
シリンダーの内面を磨いて精度を出していた
買い手のつかない品を山のように仕上げていたのだ
もう何も嵌らない円筒の内側に指を入れ
恋人にするように撫でまわしていた、その屈辱を
今こうして見下ろしている

川は平野を裂いて沈滞し、
空に零れる鳥の欠けら
暗い予感がひしめいている、
市街地の地理を丹念に埋め、
河岸の丘陵、南アルプスの連山まで
ここから聞けない喧噪が充満する
(森羅万象が苦しいのだきっとそうだ)
紙カップのネスカフェに掌を灼き
俺は世界を覆う広大な苦痛を思うが
無駄である
もう何も考えられない

網膜を切る午後の新月、
洪水の作る沃野。


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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