時計

けんじゅう




時計と友だちになるために
ぼくは心臓を歯車にしていた
決まり切った起床と出勤と帰宅を
30年繰り返して
もういいだろうと思った
ぼくは 時計の友だちを止め
錆びた歯車も取っ払った

しばらく
起きたいときに起き
食べたいときに食べ
眠りたいときに眠る生活を続けた
日時計と腹時計の生活を
肉の鼓動で 一月ほど続けたのである

案の定 時計の方から
ぼくにすり寄ってきた
ある夜 寝室の掛け時計が突然
コチコチ カ と停止した
そして 翌朝 
時計はまた 動き始めた
コチコチ チチ……
……チチ コチコチ

早くなり 遅くなり
死にかけたり 生き返ったり
危篤患者のように楽しげに
濃密かつ緩慢に
感情の起伏激しく
朝帰りの少女のように淫らに
針は 不規則な時を刻みだした
明らかに時計は ぼくと遊びたがっていた
友だちに なりたがっているのだ……


時計は 明日 針を逆回転して
虚数の世界に遊びに行こうという
ぼくが「過去にでも戻るのかい?」
と聞くと 時計は 
肩びっこの眉を八の字に下げて
ニヤリとした
「<反世界>にでも行くのかい?」
と聞いても 同じだった

ぼくは 時計に付き合ってやるつもりだ
逆回転の朝は もちろん
陽は西から昇り 東の地平に沈むはずだ
そんな明日を楽しみにして 
寝室の掛け時計とともに 
ぼくは 30年来の
深い眠りに付くのだった

 


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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