破滅

はやかわあやね


微々たる金額を鼻にかけ
大層えらそうな様子で手渡す夫

対外的になんの立場ももたない彼は
こうして私に敵意のある態度を示すことで
彼の満たされない想いをはらそうとするかのように
無駄な努力を続ける

私はといえば彼を憎む気持ちを隠しながら
微笑んでみせたりする

憎しみあい
疎みあいながらも
決して離れようとはしない私たちの間には
優しさも温もりも存在せず
ふたりの間に横たわる感情を隔てる川が
どこまでも遠く
どこまでも広く存在していた


私も私だ
そんなに嫌なら
一日も早くこの生活から逸脱してしまえばいいのに
微々たる金額であろうとも
それがなくては生きてはゆけないからこそ
不満や嫌悪感を隠しながらも
こうして彼との生活を続けてゆくのだろう

彼は私に大層辛くあたるが
それで彼の屈辱感が満たされているかと言えば
決してそうではなく
そのことが一層彼を責め
自分自身を苛んでいるのが果たしてわかっているのか
いないのか



私たちに子どもはいない
憎しみと疎みの存在する家庭に
子どもなどはいらない
私は弱い人間だもの
多分今度は
夫から与えられる屈辱を
子どもによってはらそうとするに違いない

子どもは道具ではないのだ
生きた人間として存在するべきだ

理屈ではわかっていても
私には自信がない
弱気な微笑みをうかべながら
世間を偽り生きている私に
果たして本当に子どものために盾となり
本来必要としているものを与えることが出来るのかどうか
私にはまったく自信がないのだ



玄関の開く音がする
夫が帰宅したのだ



憎しみの影に隠された作り笑いと微笑みは
こうして今日も自己を苛んでは
己という存在を破壊し
ゆっくりとではあるが確実に
お互いの関係を破滅への道へと導いてゆく







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うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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