みちこ

瓜生嶺人


「空になん、汝の息絶ゆるとわれはながめぬ。」@

中也よ
私たちの美智子はジュラルミンの盾に押しつぶされ
鋲付の長靴に踏みにじられ
樫の棍棒で殴り殺されたのだ

「汚れちまつた悲しみに
 なすところもなく日は暮れる……」A

泥にまみれた美智子の頬を
私たちは誰もぬぐってやることもできなかった
6月の雨は黒い悪い水となって
私たちの体に染みとおっていった

「おのが心も魂も、忘れ果て棄て去りて
 悪酔の狂ひ心地に美を索む
 わが世のさまのかなしさや、」B

私たちはそのとき確かに負けたのだ
主義も信条も何もかもを賭けて
やつらが倒れるか私たちが倒れるか
やつらは倒れなかった
私たちは美智子のように倒れることも出来ないまま
ただそこに膝を屈した

「私はおまへのことを思つてゐるよ。
 いとほしい、なごやかに澄んだ気持ちの中に、
 昼も夜も浸つてゐるよ、
 まるで自分を罪人ででもあるやうに感じて」C

中也よ、
お前のみちこも
私たちの美智子も既にこの世にない
ただ相変わらず6月には黒い雨が降る
「汚れちまつた悲しみ」を
乾かす暇を与えないかのように
絶え間なく



 中原中也「みちこ」より
@「みちこ」
A「汚れちまつた悲しみに」
B「無題  V   」
C「無題  W   」



うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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