ホイ族

まつおかずひろ(hiro)


(一)東州 
東ホイ族の人たちは空気を食べるのがうまい。「ここはカレー空気だよ」と誰が言ったわけでもないのに、みんな当然のごとくカレー空気を食べている。うっかり「私、ピザ空気が食べたい」なんて地を出すと、みんなの優しい励ましが返ってくる。「あら、個性的な方、がんばってね」。翌日憲兵隊が捕えに来るほど野蛮な時代は去ったが、いつのまにかパーティの招待状もなくなる。あうんの呼吸法を学ぶために小学校へ通いなおす人もいる。
 

(二)西州 
西ホイ族の人たちはたとえ同じ空気を食べてもみんな違う匂いのおならを出すのだ。ここではヘソの曲がり具合が自慢の種。どうやら変な形のヘソほど個性的な(「立派な」と同義で使われる)おならの匂いになるらしい。学校で自分と同じ色模様の衣服を着ている人がいれば、大変。あわてて家へ帰って着替えないと…。かつてヘソ出しファッションがはやったとき、老人たちは「みんなおんなじヘソ出しになるとは世も末じゃ」と言って嘆いた。
 

(三)北州 
北ホイ族は数年前「変化は常態である」というキャッチフレーズがはやって、それまでの「変化は異常である」という旗が降ろされた。ありがたいキャッチフレーズのおかげで週代わりで大臣が変わるし、妻も夫も変わる。いま問題になっているのは交通ルールと教育問題である。日替わりで右側通行と左側通行になるので、きのうが好きな運転手は正面衝突を繰り返す。学校には教科書が配れない。堕胎解禁の日には産婦人科医院に列ができる。
 

(四)南州 
南ホイ族は家族ごとに言葉が違う。同じ家族なら言葉は通じる(子供が独自の言葉を作って親が分からないこともある)が、はや、おむかいさんとの朝の挨拶も大変。「ナイカホア」と片方がいうと「ομαεηκτψ」という調子で端からみているとまるで噛み合わっていない。それでも南ホイ言語学大辞典のおかげで勉強すればまあまあ通じ合う。結婚のときはこの辞典を頼りに、新しい言語体系を作ってフィアンセに贈るのが習わしである。


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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