暗い卵

高岡 力




『暗い卵』     

       

木の皮を捲るように 手を洗う
生臭い食欲が 泡の中
で 弾け だして
動くだけで 汗臭い
から 獣のような気分 だ
分別なんて 具えている 場合 じゃない
さあ 喰おう
足をへし折りその実を すすり
肉を引き裂き髄まで しゃぶり
涎だらだら  
己の歯を喰らう様に 口中を 噛む
見るな
よ! 指を 掴んで 臭って やる 
「いじってたろー!」
「いじってないわよ!」
そんな女 だ
さあ 喰え
いじるのは 月が出てからだ
 
消え行く煩悶の過程が 昇る
細い煙りを 滴らせ
ムッと くる
枯れるがゆえに 噎せ返る 
コルデス・パーフェクタ
薔薇の名前だ
夜勤あけの情慾を
潔癖性の女が 隠している
「薔薇は 喰えないから 嫌い さ」
そんな男 だ

皮膚の橋 を かける 
抒情的なその作業に 
従事する 俺ら 
点滅の鼓動を 積み重ね 
堕ちゆく 足場を それでも 組む 
絹糸のような乳房の時間を
青い夜の 量に まし 
俺ら 口にする 『決壊』と言う末路
回帰を夢見る 俺らは 奴隷 さ
乾く寸前 剥ぎ取られ また塗られる獄中の絵の具 さ
と 囁く 不遜な理性など この肉には いない
ありふれた今宵の背筋には 
淫虫ども が 這いずり出し
暗い卵を 愛おしそうに 一粒一粒 産みつけて いく
たちまち現われる 自己劇化の化身 
深い草草の海原で
一粒一粒 を 潰すのが おまえの口 だ
「へんな 夢」
「おまえが 喰ってた」

欲望の根城を一つ潰す
そして また 一つ一つ 潰す
最後に残った『城』は燃やす
銀紙のように のばされていく よ 月
(おまえが 喰ってた)
仮死のお味は ドンナ 味?
地図のように のばされてゆく よ カワ

皮膚の橋 は かかり
俺ら 口にする 『決壊』と言う末路 
よ!
おまえの子宮の 暗い 孵化
ブーン!と
内耳に 重い
嗅ぎ付けた 虫ども
め!
グーン!と

「おまえの 方が 臭うのだ」
「おまえが 臭い」
「おまえこそが 臭い」







うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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