カプセル薬

金属犬








僕の黒く滑りのよい机の上には
白とピンクのカプセル薬が一つあり、
それはまるで空間の圧力に垂直し、
水平していく一つの宇宙だ。
無数の扉が開かれ、
空間はモンタージュされる。
(そもそも空間とは
ある存在によって意味づけられる)

この机の上にあるカプセル薬の白い部分、
僕の眼は、
黒い机の中に黒く水平的に
沈み込みこんでいき、
空間と空間の間隙のエスカレーターを滑り、
地下洞を潜り、魂の数の太陽の下、
ルイス・バラガンの
建築のような場所に辿り着く。
そのピンク色の壁は、
ピンク色の砂流に変わり、
無数の宇宙を生み出し戻ってくる。
深海魚の棲む深海の気泡に
毒殺される僕の咽喉、
闇の触手が僕の血に触れる。
心臓が蠢く向こうは無に響く雨が降る。
物質的なものを更に切り刻んでいき、
抗うようにしてダリの蟻が群がる。
豊穣な生命の群生がフラッシュバックする。
僕は無音の高層ビルの下にいて、
インダス河に流れる死体の中にいて、
熱帯の密林を伐採する
ブルドーザーの中に立ち上り、
僕につきまとうあらゆる影の中に沈みこむ。
カプセル薬の白い部分は
僕の空間的な現在と精神の汚濁と氾濫を
点滅するように生み出すのだ。

また、黒く滑らかな机の上の
カプセル薬のピンクの部分。
黒い机に垂直的に叫喚している。
紫煙を紡ぎだし時流に慟哭する。
宇宙の点から迸る太く緊張した
サム・フランシスの描いたパイプ。
原色が飛び散り空間を染め上げる。
平面から空間へと飛躍しては
津波のように押し寄せ、
繰り返されることはないが
停滞することもなく、
僕は縦になる。
北斎の画に僕の血の構図を与え、
ムンクの死の幻影に
僕の遠心力のオレンジを与え、
デュシャンのニヒリズムに
僕の濃紺の水流を与え、
僕の目は発火する。
窶れた色の僕の廃墟に雨を降らす。
犬がとぐろを巻きながら
季節は速度を速め落下する。
僕は深閑とする古代の森の中に、
獣じみた太陽を見ている。
蝉の声が聞こえ、僕は亡霊となる。
岩の中で息づき、岩の微細な変化の中を過ごす
生あるものと死なるものの光を見る。
水の循環の中に
僕のさらさらした血は濡れていき、
電子回路の中を回り続ける。
このパイプはその全てを発色させるのだ。
カプセル薬のピンクの部分は
僕の精神の時間的な変質と
肉体の静寂と消滅を力強く貫いていく。

僕はカプセル薬を水と一緒に飲む。
カプセル薬は眺める時とは全く
異質なものになっている。
ひどく物質的、化学的な宇宙である。
それが、咽喉を通過し胃に至る。
この人間の未来は
僕の中の宇宙を支配していくのだろうか。
僕の中では幾つもの宇宙が誕生する。










うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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