最価値の愛情

りえ


        彼は彼女に「愛してる」を言い続けました。
        甘美な言葉は寄生虫にじわじわと変わってゆきます。
        彼女は虫が足から這い上がってくるのを感じるのです。
        それでも彼女は「やめて」を言いわないのでした。
        レコードに傷付けたら極端に音質が悪くなるのも分かっています。
        この部屋は近いうち掃除されなければいけません。
        
        彼は彼女に「愛している」を言い続けました。
        妖美な気分も腐敗卵にこわごわと変わっていきます。
        彼女は卵がお腹が垂れ下がっていくのを感じるのです。
        それでも彼女は「やめて」を言おうとしませんでした。
        絹のシャツは洗濯機で洗ってはいけないことも分かっています。
        この部屋は近いうち撤去されなければいけません。

        彼は彼女に「愛してる」をいいつづけてやりました。
        彼女は窓辺のおんなに「お母さん」と叫べませんでした。
        疲れた労働者達は休息しなければいけません。
        溺れた水害者達は救出されるべきなのです。
        それでも彼は彼女に「愛してる」を言い続けました。


        彼女はそっとナイフを手にとりました。
        ちまちまと貯めつづけたなけなしのやつです。
        そっと箱を開けます。
        ナイフは彼の白いほこりだらけでした。
        彼女はカタカタと笑いながらなきました。
       
        後ろから彼がそっとやってきました。
        けらけら彼女に彼は言いました。
        「愛しているよ、」


        彼女は泣きました。
        彼女は笑いました。
        彼女は叫びました。
        彼女は泣きました。


         

        彼女は白い窓から飛び立ちました。

        そっと彼を腕に落とし
        「愛していたわ、」 とつぶやいて。


うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次次のページ
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