河の風景
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河の風景



関富士子

両岸を「ガケ」の記号にはさまれた
第二発電所から西の城跡まで
せまい谷をつくって蛇行する河が
古い段丘のかさなる平野部に至り
いくつもの中州を残してひろがるあたり
整地された河川敷に建つ
  養豚センター
  稚蚕共同飼育所
  林業試験場
  砂利採取場
地図を見ても区別がつかない
それらのひらたい窓のない建物の上に
観覧車が回っている
空に浮きあがるように見える
遊園地ができたのだろうか
音楽も歓声もきこえないが
たしかにゆっくりと回っている
  ゴンドラのなかの恋人たちの姿は見えない
冬の河原はどこまでも平坦で
堆積岩には水の流れのような筋が入っている
観覧車のほうへ歩いていく
河はゆるやかなのに
ごうごうという水の音がきこえる
近づくにつれて激しくなって
見あげると
観覧車が水しぶきを上げている
回転する輪の全体からきらめいて飛び散る
  びしょぬれのゴンドラのなかのびしょぬれの
  恋人たちの姿を思いながら
空いっぱいになるまで近づくと
それは観覧車ではなく
巨大な木製の水車だ
放射状に伸びる二重のスポークの先に
太い曲げ輪がはめられ
ゴンドラほどの堅牢なバケットが
水をざあざあとこぼしながら
つぎつぎに頂上まで運ばれていく
光をあたりに撥ね散らして
ゆっくりとかしいで下りてくる
  水車にゴンドラはついていない
  びしょぬれのゴンドラのなかにびしょぬれの
  恋人たちはいない
河から引かれた水が車の下をとおって
とほうもない力で輪回しをしている
直立した円はいつまでも左に回る
顔にしぶきがかかって全身が湿るので
  長いこと歩いたのだ
  喉が渇いている休みたい
プールに水はなくロープが張られている
だれもいないレストハウスに入ると
壁のモニターは
河の源流のぬれた羊歯に光が差し
霧を立たせ葉にしずくをしたたらせ
ちいさな流れになるようすを
くりかえし映している
窓にむかう席にすわると
水車の右下4分の1が
目の前いっぱいに迫っている
水路に潜ったバケットが姿をあらわし
水を惜しげなくあふれさせてから
きりもなく上がっていく部分
この位置からだと円は右回りだ
上半分と左下の部分は見えない
下りてくるバケットはここからは見えない
  近すぎる
と思いながらすわっている

“rain tree”no.19 2001.1.25より

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