島惑ひ 私の
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島惑ひ 私の



石川為丸

やうやくたどりついたが、すでにデイゴの花は終つて
いた。この高台に海風が吹きはじめ、光りの中で、邦が
そのちひさな旗をはためかせてゐたのは、いつのことだ
らうか。浦添城址。その建造物は、薩摩藩の侵攻により
焼失し、先の沖縄戦では焦土と化し、今はわずかに石垣
が残るだけである。過去の傷をとどめる この高台から、
すぐそこに東シナ海が見渡せる。ひらけてゐる白い建物
の並ぶ市街地、そこで多くの人たちが生き暮らしてゐる
のだ。この静やかな南のとき。(闘ひも敗亡も はらは
らと 海のはうへこぼれていくやうだ。)揺れる梢を 
見あげれば 広がる瑠璃の空。死者たちはどこへいつて
しまつたのか。暗がりをすこし降りれば、ひつそりと伊
波普猷の墓が立つてゐる。遠方からの 島惑ひ。一九四
七年六月、伊波普猷はその絶筆、沖縄歴史物語の小序に、
戦災による故郷沖縄の被害を想ひ、「島惑ひ」した私は…、
と記してゐた。そして、「せめてその文化の歩みを略述
して、故郷を偲ぶよすがにしたい」とも。(きつとその
思ひは風に運ばれ、このうつくしい島にとどゐてはゐる
のだらう。)ガジュマルの根の絡まる、琉球石灰岩の暗
い空洞をのぞきこんでゐると、わたしは どこにも属す
るところのない 異風な声の、なにものかによばれてゐ
るやうだつた。浦添城址から、さらにつづく わたしの
旅を想ふ。仏桑華の赤は、あくまでも鮮やかに、島での
かなしみを、まだ、終つてはいけないとでもいふかのや
うに、彩つてゐた。いつのことだらうか。私の惑ひをは
しらせた、顕在する表現に すぐにはつながらない、外
の言葉 路上の言葉。こころざしなかばで倒れたものら
の、果たされなかった思ひと、そのうつくしい過誤が、
にぎわしくいきかふ、そんな市が立つのを見とどけるの
は。(死者のはうへ、廃墟のはうへ、吹き抜けて、私だ
けの死語をひきださう。)そしてわたしの旅を調へるの
だ。消え入るやうにして、しかもそこらに見え隠れする、
精霊をそだててゐる、わたしの惑ひをはしらせた この
島から。
     (うらそえ文芸 2001.4 第6号より)

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