机と椅子のある庭

机と椅子のある庭



関 富士子

 ファインダーをのぞいているときは気づかなかった。
全体は翳っているヤブコウジの西側だけ光があたって、
艶を含んだ赤い実の一つにピントを合わせるのに気を
取られていた。
 焼きあがった写真を見ると、くっきり浮いた一粒の
実のかげから、奥へ進むように小道が続いていて、行
きどまりの空き地に何かが置いてある。小学校で使っ
たような小さな木の机と椅子。
 辺りは庭木が茂って雨ざらしなのに、ぼやけている
せいか、数十年前の教室から運ばれて、たった今、
そこへ置かれたばかりのようだ。
 椅子は、横木の二本ついた低い背もたれと、四角な
みじかい四本の脚の造りで、そこに座っていた少年の
ことをたしかに覚えている。
 窮屈なお下がりの学生服の両肩が緊張していて、ま
っすぐに伸びたきゃしゃな背中の上に、バリカンで刈
り上げた細長いぼんのくぼの二本の筋だけ太く張っ
ている。その首筋全体が紅潮していて、彼が激しい感
情にじっと耐えていることがわかる。
 教室ではいつもだれかが突然わけもなく侮辱された。
それが自分ではなかったことに安堵しながら、わたし
たちはいっせいにうなだれてそのときが過ぎるのを待
っていた。どの机の下でも、急速に伸びてしまった足
がねじれて折れ曲がっていた。
 少年もいつだって口ごたえをせず、どんな言葉も思
いつかないというように俯いているのに、なぜか抑え
ようもなく首の付け根まで一気に赤らんでしまう。す
ると、いらだって震える細い指示棒が、いつも彼の肩
に振り下ろされるのだ。
 写真にぼんやり見えている古びた机と椅子には、も
うだれも座っていない。彼はいったいいつ、立ち上が
ってわたしたちに背を向けたまま教室を出ていったの
だろう。
 いいえ、わたしはうなだれた目をそっと上げてそれ
を見たように思う。学生服の袖からぶかっこうに突き
出した長い腕を伸ばして、椅子の背もたれをつかみ、
脚をはめこむように机にきっちりと収めて、彼は大ま
たに出ていった。そして、机と椅子をその庭に置き去
りにしたのだ。

(小池昌代個人詩誌『音響家族』14掲載2000.11.15)

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