河原の歌声

河原の歌声



kaoki

男が河原で仰向けになって倒れ
目を見開いたまま今朝死んでいたという
駆けつけた救急隊員がプーンと酒の匂いを嗅いだ
死因は急性アルコール中毒だったとか

男は板切れとダンボール紙を集めて
河原の橋の下に小屋を作り
ここ数年寝泊まりしていたらしい
そしてつい数日前にこんなことがあったという

小屋で夕食の煮炊きをしていた男は
目の前の川を男の子が流れて行くのに気がついた
男の子は男に向かって
声にならない叫び声をあげたという

男は間髪を入れず
まとっていたボロ服を脱ぎ捨て
川に飛び込んで
似合わぬ抜き手を切って男の子に近づく


無事子供を岸に引き上げた男は
河原の草むらに腹ばいになって大きく肩を上下していたそうだ
でも生まれて初めてかもしれない
満面の笑みを顔に浮かべていたという

子供の父親が高級酒の一升瓶を抱えて
河原を訪れたのが昨日
河原の近所の住民はその晩
楽しそうに大声で歌う男の声を聞いたという

「人生は捨てたものじゃない」(*)
というのがその一節だったというが
誰も確証する人はいない


*堀内孝雄 「坂道」より(TOSHIBA EMI LTD)

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