南川優子 詩のページ
Mr and Mrs Scotland Are Dead
Kathleen Jamie
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スコットランド夫妻は死んだ

市民施設の ごみ埋め立て地で
大発見 共同墓地と 時速三十マイル標識の
向こうにある ごみ捨て場で
彼女の 老婦人向けの堅いバッグが 口を開いて
スコットランドの小さな街々から 1960年に送られた
絵はがきを吐き出している。 汚れで淡い色のついた
ピーブルズ ラーグス カーヌスティのロックガーデン。
スコットランド夫妻よ これがあなたたちに与えられた機会だ。
「天気はまずまず だけど少し寒くて にわか雨が降ります それでも
ジーンは優しく訊ねます きれいな景色です」
教室で書くような 丁寧な手書きで
「ベルテーンの女王が今日 戴冠しました」。
けれどスコットランド夫妻は死んだ。

絵はがきを 彼は 燃やすこともできたのでは? ケーブル編みの このパターンの
灰色に巻かれた煙に放たれて。 それともこれ
倒れた冷蔵庫と 甘ったるい悪臭を放つ アノラックの間に放られた  『母親辞典』。
「M ミルク。 …が心配な女性は…」
そしてここには ミスター・スコットランドの「ジョン・ブルのパンク修理キット」。
自分の国の細い道を 彼が心底
知っていたあの頃 生け垣には
小さなブラックベリーのハートが ぶら下がっていて。
そしてここには なんとまあ 彼の最後の 大工道具が数点。 使い古された柄には
スコットランド スコットランドと 刻印されていて。

わたしたち ここにあるもの 持っていこうかしら? ブルドーザーが 場所を空けようと
彼のひげそり用ブラシや ボタンが入った 彼女のブリキ缶を
押し退けようと やって来る前に。
この道具箱を 取っておこうかしら? つまるところ
スコットランド夫妻に向けられた 時代遅れの考え方を。
手を伸ばして 持っていくべきかしら? そしてその後は?
忘れてしまおう。 あの人が
わたしたちの静かな家に入ってきて わたしたちの台所の引き出しに
光を当て始め
掃いたり 処分したりの
このおざなりな儀式を わたしたちのために行うまで。

[注]
ピーブルス(Peebles): スコットランドの街。エジンバラのそば。
ラーグス(Largs): グラスゴーから33マイルほどの場所にある街。
カーヌスティ(Carnoustice): スコットランド東部、アンガスに属する街。
ロックガーデン: 岩や石を配置し岩生植物・高山植物などを植え付けた庭園。
ベルテーン: メーデー(5月1日)に行われる古代ケルトの祝祭。ピーブルスでは6月に一週間この祝祭が行われ、地元の若い女性がベルテーンの女王に選ばれて、戴冠される。
ケーブル編み: 編み物の編み方の一種で、縄のような形の編み方。
アノラック: フード付きジャケット。
母親辞典: 原語はDictionary for Mothers。20世紀半ばに出版された、Dinneford’s Dictionary for Mothersのことと思われる。育児のアドバイスが掲載された辞典らしい。
ジョン・ブルのパンク修理キット: 原語はJohn Bull Puncture Repair Kit。1970年代に販売されていた、自転車タイヤのパンク修理キット。ジョン・ブル(John Bull)は典型的な英国人を意味する。