南川優子 詩のページ

スカート

来春の流行は 本物の 花の 柄の スカートだ
町じゅうのショーウィンドウには
「土から育てる女子」という謳い文句が
ちりばめられていて
しみひとつ見せたことのない 美肌女優が
泥のしぶきを顔にあびて
シャベルを誇らしげに持つポスターが
そこかしこに 貼られている

女たちは
ビニールを袋のように
重ね合わせて縫われた
透明のスカートを
ガーデンセンターや ブティックで
買い求めた
チャックを開けた隙間から
自分で土を詰めて
毎日水を含ませ
週に一回 肥料を施し
紫外線にも目もくれず
お日様の光を浴びて
ビニールに空いた 細い穴から
芽が出るのを待つ

スーパーで塩鮭を選ぶときも
会議室にお茶を運ぶときも
女たちは 発芽しないうちから
重たい土のスカートを穿いて
穴から土がこぼれないように
しとやかにふるまった
キャリアを追求しないと 鮮やかな花は咲かないと
『日経ウーマン』には書かれ
毎晩の夫婦生活が発芽を促進すると
『コスモポリタン』には書かれ
夫の年収が低くても あなたの貯蓄次第で
豪華な花が咲くと
『素敵な奥さん』には書かれ
立ち話をする女たちは
何の根拠もないわよねえと せせら笑ったが
それを信じた女が
たしかに存在した

流行にふだん 背を向けるわたしも
春と夏が訪れて
友だちのスカートから 花が咲きあふれると
自分がみすぼらしく思えてきて
秋の半額セールで
ビニールのスカートを買い
初心者のわたしが 無難に育てやすそうで
ボリュームのありそうな
ひなげしの 種を蒔いた
春に咲く赤い花を 夢見ている間
スカートのなかで 蟻が巣を作ったり
長雨の後には
苔がむしてきて
夫の手も借りて
怠りなく 手入れした

春 赤い花が開き
スカートが膨れあがったとき
わたしもこれで
いっぱしの女性になれた気がした
花の色と同じ色の 口紅を塗って
女たちが通る道を 花粉をふりまきながら
蜜蜂を従えて
薄い花びらが傷つかないように
微妙に腰を振りながら 歩く

夜中になっても
ひなげしのスカートを穿いたまま
鏡の前に佇むわたしに
布団から顔を出して 夫は言った
「いいかげん 早く寝ろよ」
紺色のパジャマに 着替えるのが嫌で
ぐずぐずしていると
夫はとつぜん
花びらが散るのもかまわず
わたしのスカートを
脱がせた
そして「このほうがずっと 女らしいじゃないか」と
言いながら
わたしの腿を撫でた