南川優子 詩のページ

ミスタービーンの電球

ミスタービーンは最愛のテディベアの首を絞めて寝かしつけ
引き出しからけん銃を取りだして電球を打ちぬいて そして
部屋は闇になる おやすみなさい

     ●

それは
わたしがこの世に生まれて何千回目かのおやすみなさいの日

その朝
満員電車で わたしが二本の指でぶるさがっていた吊革は
顔の見えない男の指にさらわれていった
放たれたカレイのようにわたしは 目の前の背広におおいかぶさり
黒い毛穴の密集を嗅ぐ
すみません、ごめんなさい (わたしのせいじゃない でも)
すみません、ごめんなさい

その昼
時間につめよられたわたしの腕は 宅急便の男に向かってかけ出し
第三会議室、お茶、六つ、に衝突 うずくまり
湯飲み茶碗につかって のぼせてしまった
お待たせしてすみません わたしより賢い女の声がする
ごめんなさい 忘れてたわけじゃ
あります

その晩
男の写真をちりぢりに破り わたしが火をつけてあげたその友だちは
今月は決算で 今夜も帰りが遅く
明日も何時になるかわからなくて
週末に電話してくれたほうが確実ですよ
お母さんの声がした
夜分遅く すみませんでした

そして
テラスを縁どる彼岸花も 心臓に溜まったわたしの血も
息をつめて見つめると白くなる瞬間がある
太陽のスイッチが切れる 電球が砕け散る
今日がなくなる
この世に生まれて何千回目かのおやすみなさい

     ●

闇に足音ひとつ 猫の目から
光るしずくが あじさいの葉に落ちて
薄茶の箱が灯る
きのうはこんな箱なかったわ
入ってみましょう 暖かい
二匹の子供をつれてこよう
だれが置いてくれたのかしら

     ○

ミスタービーンの引き出しには
予備の電球が五つ詰まっている
テディベアの首がふっくらもどりはじめた
おやすみなさい
また明日