南川優子 詩のページ

窓拭き

   T
ゴンドラに乗って 十階建てビルの
窓拭きをしていると
地上から管理人が
お前はどうしてぴかぴかになるまで拭けないのか!
と どなる
会社員の目が 部屋の奥からわき出て 窓にべっとり
はりつく
力をこめて拭くと
窓ガラスがやわらかく溶け
内側の目玉ごと 拭い取ることができる
彼らの目は 興味本位で 軽薄なので
はがれやすい

最上階の部屋では
男がふたり テーブルをはさんで
賭けトランプに興じている
金のスパンコールを ドレス一面にあしらった女が
すべるようにやってきて
飲み物はいかがと 誘いかける
部屋の窓を 布でこすると
女のドレスがはがれる
背を向けている男が クラブの7を出す
こちらを向いている 口ひげの男は
これで21、俺の勝ちだ、と言うが
窓をふたたび拭うと
口ひげの男の
トランプのマークが 真っ白に消える
いつの間に管理人が 部屋まで上がってきていて
口ひげの男を
いかさま野郎!
となじる

今度は管理人の 顔のあたりを拭く
目も 口も 鼻も
金もうけのことばかり考えているので
安っぽくすぐに はがれてしまう
私は磨いた窓に
はがれた目や 口や 鼻や ドレスを
掲示板のビラのようにはりつける
このビルで肉体労働者は私だけで
いつも軽視されているから
ちょっとした仕返しなのだ

   U
ビルの裏の 家の屋根から
毎日飛び降りる男がいる
彼は常習者だから
秋になると落ちる イチョウの葉のように
誰も気に留めない
男が飛び降りるたびに
地面はふっと消えて
男を地下に吸う
いつの間にか
あの管理人が
目も鼻も口もはがされたのに
屋根までよじ登っていて
煙突の影から
ぐにゃぐにゃのタイヤをすべらす
管理人は
会社員が容易に帰宅しないように
毎日 ビルの地下駐車場で
自動車からタイヤを外し
空気を抜いているのだ
路地に出て 見上げると
飛び降りた男は 何事もなかったかのように
ふたたび屋根の上に立っていて
今度は空に向かって
羽ばたき始める
男の影が 私を覆い
逃げなければいけない
この男だけが
管理人から自由だ

アルフレッド・ヒッチコック Spellbouond (日本題『白い恐怖』)の夢のシーンを見ながら。夢のシーンはサルバドール・ダリのデザイン。