南川優子 詩のページ

レンガの重みで 身動きできず
声ひとつ 漏らさなかった
壁が
ようやく口をついて出た 語気のせいで
空気孔ができる
なかにいた住人は 興味本位で
上半身を突きだす
女の口を 舌で 押しひらくように

つぎに越してきた 住人は
孔にガラスをぬる
朝日がすかさず 差しこむ
空いた席めがけて座る 乗客のように
すきとおりたがっているのか
保険会社との口論でゆがんだ 住人の顔や
焦がしたトーストを罵る声を
ガラスはきちょうめんにすくいとり
芝生に映写する
垣根のすきまから 隣人がのぞいている

つぎに越してきた 住人は
たるんだガラスに
老いた手であばら骨をはめる
くもりたがっているのか
カラスが横殴りに 糞をはねかけ
骨の間を ツタがなめる
住人の意識が床に落ちる日
孔はふさがれ
臨終は目隠しされる
壁が言おうとした言葉は
最終音節にたどり着かないまま 途切れる