南川優子 詩のページ

初夏の窓を開ける
日差しがカッと 応接間に割りこみ
果物かごの 脇に置かれた
携帯電話を 射る
電話は かじかんだ手のように
ふるえる
「奥様ですか?」
こんな時間にかかってくるのは
決まってセールスの電話だ
無言のままでいると
低い 男の声が
ガーゼにしみる血のように
わたしの耳に伝わって
遠まわしに
何か役に立たないものを売ろうとしている
切れば かけ直されるだろうと
ソファにほうり投げて
窓辺の ガーベラの鉢へ
目をそらす

白い蝶が ふらふら窓から入り
ピンク色の花びらに
とまる
じっと 蜜をすってから
ソファのほうに羽ばたき
今度は 電話に とまる
孤独に 商品の効用をつぶやく
男の声に導かれ 蝶は
受信口をすう
男が とうとう
商品名を口にすると
蝶は 羽で
受信口をふさいだ

男の言葉が とぎれとぎれになり
声をつまらせるのが
聞こえる
蝶の羽は 動かない
わたしは ソファに腰を下ろし
背もたれに耳をあてる
男のあえぎ声が
耳から背すじに 伝わり
ビールの泡のように
消えていく

電話の向こう側が 静まり返ると
蝶は 羽を上げ
キーパッドの番号を
1から0まで口づけし
ふわりと 飛んでいった