南川優子 詩のページ

明け方の記録

静かな街だねえ とだけ言い添えておけば
わたしの気は悪くならないって 思うでしょう
風だけはおびただしく製造されていて
幸福の象徴だと ゆっくり吸いこむ人もいる
しんなりと横たわる道路の脇に
黄水仙が見捨てられた標識のようにふるえている
ふと訪れた亡霊も 横目で見て去っていってしまう 腰掛ける場所がないと言って

わたしがここにいるのは 何かのつじつまあわせだろうか

高速道路の渦巻きのほつれを 左にたどると
「二十四時間オープン」の太い赤文字
明け方のスーパーマーケット 魚売場を振り向く人の姿もない
自らの半身にかぶさる タラの切り身
蛍光灯の産毛に包まれながら
とりあえず静かに眠れて 悪くない人生の結末だと思う
おととい 海流の壁づたいにすさまじく泳ぎ
精子をからだじゅうに浴びてうっとりしているところを
網にすくわれた

スーパーマーケットの右脳は 道路の向こう側の 赤茶色の屋根の群

家々の窓の奥では 赤ん坊が目をつぶっている
脳みそはひとつひとつ レース模様のサランラップにくるまれて
みじんの汚れも寄せつけない
隣のご主人はシステムエンジニア
向かいの奥さんは会計学を勉強中
裏の老婦は昼下がりに バラの手入れをはじめる
「このあたりで悪い子が育つはずがない」 という
呪文の殻のなかで 行きつ戻りつしているというのに
いつかまっすぐな道に通じると 街ぐるみで信じている

わたしがここで悩みをもつことは 贅沢なのだろう きっと

   (考えてもみなさいよ
             エチオピアの子供らのことを。)

赤ん坊のまぶたが遮断機のように持ち上がり
喉から欲求がこぼれてくる
母親は慣れた手つきで 口角にタオルをあてがう
無傷のエゴを少しずつ拭い去るために
わたしはテレビのスイッチを入れて ブラウン管に手をあてる
画面に映るオフィス街の朝日が 指にしみてきて
顔一面になすりつけてみる
頬が腫れあがってくる 芝生が黄色い太陽に 満たされてくる。