ドン・カルロス

まつおかずひろ(hiro)



ドン・カルロスは橋を架けるのが仕事である。きのうは人間の脳の中に入って神経をつないだ。おとといも同じ仕事をした。ずっと同じようなことをやってきた。しかし、ドン・カルロスは近頃あんまり自分の技術に自信がない。せっかくつないだと思ったのにすぐに壊れる。あるいは役に立たない。一週間前に修理した女性から、けさ電話がかかってきて、「あの橋を使ったけれど、彼、私のこと全然理解してくれない」とクレームがついた。「ほう、それはまたどういうこと?」と聞き返すと、その女性は、「だって、私の方が素晴らしいのに決まってるのに、あの女とずっといっしょなのよ、彼」と高い声で興奮して答えて、「あの女とアンタを訴えてやる」と凄い剣幕で、そのまま電話を切った。やっぱり、愛の架け橋は壊れたんだ、と思ったが、ドン・カルロスは黙っていた。こんな風に文句をいう男もいる。「アンタの修理の仕方、古いんじゃあないの?」。「ほう、それはまたどういうこと?」(近頃の口癖である)。「みんな同じ色に染まらない」と、男はそう言って、さんざん悪態をついて、他の橋屋に行く、と言って帰った。この男の虹の橋は壊れていないと見たが、ドン・カルロスは黙っていた。

ドン・カルロスは橋を架けるのが仕事である。ずっとこの仕事が好きだった。しかし、このごろ不安になっている。ドン・カルロスは首尾一貫工法と呼ばれる形式で橋を架けてきた。予測外の因子はポイと自動的に捨てるようになっていて、計算できるものだけを計算した。それで済んできた。ところが、近頃は妙な因子が入ってきて、橋は凍ってしまう。最近、アメーバ工法なるものが誕生した。入ってきた情報の重さを測らない。順に流すだけである。橋の形は変貌自在。だから、そのときどきで答えが違う。

ドン・カルロスは橋を架けるのが仕事である。ずっとこの仕事が好きだった。自分は間違ったことをしてきたつもりはない。「あんな工法がこの国に根づくはずはない。やっぱり首尾一貫工法が人気だぜ」。「白は白、黒は黒だ!」。酒を飲んで荒い息で言うのだが、口ほどには自信がない。クレームが連発して強迫神経症に陥りそうだ。いや、もう陥っているかもしれない。ドン・カルロスはいっぺん自分の脳に在来工法でない橋屋を入れようと思い始めている。



うろこシティアンソロジー 作品篇 No.1 目次前のページ次のページ
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