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2002/9/22(日)02:35 - 佐々宝砂 - ckkgw21ds07.szo.mesh.ad.jp - 490 hit(s)
えと。遅くなっちゃってごめんなさい、佐々宝砂です。東の地に遠征して恐竜に挨拶してきたので、遅くなりました。で。ナンセンス詩……ナンセンスの種類や意味を問うこともまたナンセンス!という気がしないでもありませんが、私も言い出しっぺの一人ですから、意見を書かせていただきます。ナンセンスな詩っていうと、私が思い出すのは、オーソドックスですけどエドワード・リアとルイス・キャロル、それからマザーグースなので、そのあたりから書いてみます。
マザーグースのナンセンスは(エドワード・リアもそうですが)、だいたい強引に韻を踏むところからはじまりますよね。詩の意味よりも言葉遊びを重視することによって、普通でない単語の組み合わせが生まれて、ナンセンスなものが醸し出されてくる。代表的な例は、たとえば "Old Mother Hubbard"でしょうか。この詩の2連目で、ハバードおばさんは犬のためにパンを買いに行き、戻ってくると犬は死んでいます。なぜ犬が死ななきゃならないかというと、"bread"と"dead"で韻を踏まなきゃならないからで、他に必然性はまるでなく、第3連ではあっけなく生き返って笑います"laughing"。なぜ笑ってるかというと、犬のために買いにいった柩"coffin"と韻を踏むためです。この詩は最後までこの調子で続きます。
あるいは、当たり前すぎることをわざわざ書くナンセンス。当たり前すぎるほど当たり前なことを書くと、何も言ってないのと同じで、つまりナンセンスだと思うのです。これもマザーグースに多いです。私が好きなのは"There was a little guinea-pig"。これは著作権が切れてる北原白秋訳があるので、全文引用してみます(角川文庫『まざあ・ぐうす』より)。
***
「天竺ねずみのちびすけは」
天竺ねずみのちびすけは、
ちびだからふとっちゃいなかった。
いつもあんよでおあるきで、
たべるときゃ断食いたさない。
さてそこらからかけてでりゃ、
けっしてそこにはもういない。
きけば、かけてるそのときは、
どっちみちじっとしちゃいないそだ。
キイキイなくのは常々(ふんだん)だ、めちゃくちゃあばれもたまたまだ。
それがさわいでわめくときゃ、けっしてだまっちゃいなかった。
たとえねこからおそわらなくとも、
はつかねずみがただのねずみでないのは御承知だ。
ところでたしかなうわさだが
ある日、ひょっくり気がふれて、奇態な死に方した話。
とても勘のいい、金棒引きの人たちは、
きゃつめおっ死んだで、いきてるわけないぞといっている。
***
「天竺ねずみのちびすけ」がナンセンス詩だということに反対する人はあんまりいないと思いますが、これが笑える詩かとゆーと、そんなことないと思う人が多いんじゃないでしょうか。むしろ私はどこか怖い詩だと思います。詩の背後にねずみを媒介としたペスト流行があるそうですが、そういう連想をしないとしてもなんとなく怖いです。ナンセンスって、笑える以上に怖いもののように思うのです。
たとえば日本のむかーしの童謡にとんでもないものがあります。斉明天皇6年12月に流行した歌だといいます。日本書紀にあるそうなのですが、澁澤龍彦の『東西不思議物語』(河出文庫)より孫引きします。
まひらくつのくれつれをのへたをらふくのりかりがみわたとのりかみをのへたをらふくのりかりが甲子とわよとみをのへたをらふくのりかりが
これぞナンセンスの極みです。「まひらくつをくれつれを……」と口に出して読みながら、私はこの歌の意味を必死に探している自分に気づきます。あまりにも意味がないように思われると、人は意味を探し出そうとやっきになるんだと思います。
過去にもいろんな人が解読しようと試みたそうですが、澁澤によれば、まだ解読の定説はないそうです。私にも何がなんだかさっぱりわかりません。しかし、この歌を思い出すたびに、私はどうしたわけか背筋が冷たくなります。ホラー映画を恐がりもせず喜んでみるたちなのに、この歌は怖いんです。意味がないから怖いのか、あるいは意味のない音の連なりのうしろに恐ろしい意味を勝手に想像してしまって怖いのか。
***
私は、本当に意味のないものを書いてみようとして、大失敗したことがあります。参考までにその失敗作を引用。
「きら片靴を」
はだくると風がきけえま
かみんくる海になせてま
へめろほな丘にゆめめら
あろめてら嘘がはてらま
きら片靴を
てけれくらしま
はろさるい夏はきらとま
どうも失敗作だと思う第一の理由は、音それ自体に雰囲気がないからです。「のりかりが」のおどろおどろにはかないません。「風」とか「海」とかいう普通のポエムにありがちな言葉を使ったのはわざとですが、それが効果的かとゆーとそうではなく、平凡な夏の終わりの風景しか連想させないものになっている。それが失敗作だと思う第二の理由。ナンセンスを読むのはたのしいけど、ナンセンスを書くのはタイヘンだと思いました。私がこんなものを書いたのは、エドワード・ゴーリーというひとが、最初から最後まで全く意味のない、それこそ「へめろほ」な絵本を書いてるというのを知ったからでした。ゴーリーにはいくつか翻訳がありますが、私は『優雅に叱責する自転車』という絵本が好きです。『優雅に叱責する自転車』は、「火曜日の翌日で水曜日の前日のこと」とはじまります。なんともナンセンスでよいでしょう?
***
例をあげてゆくとキリがないのですが、とりあえずこのへんで切り上げておきます。m.qyiさんの考えるナンセンス詩の例もあげていただけると嬉しいです。m.qyi さんがおっしゃるような、意味なく悲しい詩は、どこかにあるような気がします。見つかるかわからないけど、ちょっと探してみますね。
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