千円
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千円



か/kaoki

風の噂で知った
通勤途上の橋げたに住んでいた
というより橋の一部になっていた男
道を進んで居ても通りがかりの子供さえ
振り向かないほどに地球の一部になっていて
黒ずんで目だけが異様に回転していた男が
昨日道端に倒れて目を剥いていた
という

たまたま通りかかった婦人が
もしもしと呼びかけたけど
返事はなく
婦人の勇気に集まってきた人たちの一人が
携帯で救急車を呼んだそうだ
やがてサイレンを鳴らしてやって来た救急車
ドアを開けて降りてきた救急隊員は
男の左手の脈を調べ
暫くして首を横に振った

男を収容して
遠ざかる救急車のサイレンは
ドップラー効果で
ふらついた音程を撒き散らしながら遠ざかる
集まった人たちは
一様に空を見上げてから
肯いて再び道を歩み出す

男は一週間前
インスタントラーメンカップを十個(一個百円のセールス中だった)を
両腕に抱きしめて
突然スーパーのレジに現れたそうだ
悪臭の漂う男に息を止めたレジ係は
男から千円札と五十円玉を受け取ると
慌ててビニル袋にカップを
入れて男が出ていった後で
深呼吸をしたそうだ

レジを通過した男は
カップ十個全てのビニルカバーを破き
蓋をこじ開けて
スーパ備え付けのポット
から湯を注いで
大きなビニル袋に十個をそっと
入れて
ドアを出ていったそうだ

恐らく十個分のラーメンを
この世は天国と
呑み込んだに違いない
呑み込んで腸閉塞になり
1週間橋の下でうなって
苦しさに道へ歩み出て
この世を去ったのだろう

カップラーメン十個分の千円は
もしかすると、
丁度一週間前
私が
「これあげる」と言って
男に渡した千円だったのだろうか?

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